明日で半月
明日で、母が亡くなってから半月。
昨年8月に病を告知されてからの闘病だった。昨年のクリスマスにも年末と年越し、新年とまた一緒に過ごせると思っていた。そうなるように新薬も使った。
でも…
願いは叶わなかった。
目の前に迫った津波から自宅の裏山に登って助かった命だから、何か意味があるんだと、そう言い聞かせ そう考えていた。
今も、想う。薬が効かなくなったと言われてからの一月半、母は何を考えていたのだろう。体調の変化をどう思っていたのだろう。
そんな母に、頑張れとハッパをかけるしかしていなかった事に、悔いも想いも沢山ある。優しく出来なかった自分を責める毎日。
クリスマスに一緒に食べるために買ったケーキを、葬儀が終わった日に仏前にあげる時は、涙が止まらなかった。元旦も1日中辛かった…一緒に過ごしたかった。
叶わなかったが…
12月13日に病院に行った帰り、助手席から運転しているオレを見ている母は、何を考えていたのだろう…
その2日後には意識がなくなり、翌日には意識が回復して沢山話をした。その時も母は苦しかったのではないだろうか?
通院する時に繋いだ手も、病院のベットの上にいるときに握った手も、その後冷たくなった手も、オレにとってとても優しい手だった…
津波で無くなった自宅を再建し一緒に暮らしたかった。
形見はない。あるのは思い出だけ…。津波で写真すらなかった。
三陸道を走ると、通院していた頃の記憶が戻り涙が出る。
親は子の幸せが一番だという。
葬儀の時に親戚から教えられた。病の体でも母はオレの心配をしていたと…
母に何にもしてやれなかったと悔いる毎日。
形見はないから、見れば辛くなる病院の書類すら捨てられない。
皆に、お前はよくやったと言われるが、悔いも想いも寂しさも悲しみも消えない。
毎日が辛いな……
昨年8月に病を告知されてからの闘病だった。昨年のクリスマスにも年末と年越し、新年とまた一緒に過ごせると思っていた。そうなるように新薬も使った。
でも…

願いは叶わなかった。
目の前に迫った津波から自宅の裏山に登って助かった命だから、何か意味があるんだと、そう言い聞かせ そう考えていた。
今も、想う。薬が効かなくなったと言われてからの一月半、母は何を考えていたのだろう。体調の変化をどう思っていたのだろう。
そんな母に、頑張れとハッパをかけるしかしていなかった事に、悔いも想いも沢山ある。優しく出来なかった自分を責める毎日。
クリスマスに一緒に食べるために買ったケーキを、葬儀が終わった日に仏前にあげる時は、涙が止まらなかった。元旦も1日中辛かった…一緒に過ごしたかった。
叶わなかったが…

12月13日に病院に行った帰り、助手席から運転しているオレを見ている母は、何を考えていたのだろう…
その2日後には意識がなくなり、翌日には意識が回復して沢山話をした。その時も母は苦しかったのではないだろうか?
通院する時に繋いだ手も、病院のベットの上にいるときに握った手も、その後冷たくなった手も、オレにとってとても優しい手だった…

津波で無くなった自宅を再建し一緒に暮らしたかった。
形見はない。あるのは思い出だけ…。津波で写真すらなかった。
三陸道を走ると、通院していた頃の記憶が戻り涙が出る。
親は子の幸せが一番だという。
葬儀の時に親戚から教えられた。病の体でも母はオレの心配をしていたと…
母に何にもしてやれなかったと悔いる毎日。
形見はないから、見れば辛くなる病院の書類すら捨てられない。
皆に、お前はよくやったと言われるが、悔いも想いも寂しさも悲しみも消えない。
毎日が辛いな……

自分の中で整理したつもりでも
日曜日の今日は、病院も静かだ。
昨日、一人の時間に色々思い、泣くだけないたはずが、スッキリしたはずが、やっぱり時々涙が出る。
少しずつ弱っていく母親をみているしかないのはツライなぁ…
昨日、一人の時間に色々思い、泣くだけないたはずが、スッキリしたはずが、やっぱり時々涙が出る。
少しずつ弱っていく母親をみているしかないのはツライなぁ…

