普段通りスマホを見ていたら
『ディープインパクト死去』と
ニュースが出てて

驚きと悲しみで言葉が出なかった。
あんなに大好きな馬が亡くなるなんて、
いつかは来ると思っていたけど、あまりにも早過ぎた。



何年ぶりぐらいかに悲しくて泣けた。
この涙には色んな思いがある。


僕は小学生の時から馬が大好きで、
将来の夢はずっと『騎手になる事』だった。
ずっと馬を見ていて、中学3年生の時に騎手学校を受けようと本気で思ったがあまりにも
壁が高過ぎて諦めてしまった。


そんな中騎手になれなくても
毎週競馬は見ていて、
そんな中、『ディープインパクト』という
とんでもない馬が現れて、馬名の通り、
『深い衝撃』を受けた。


3冠の最終レースの菊花賞の日
当時中学生だった僕は、文化祭の日だったが、
どうしてもレースを、テレビで生で見たくて、

文化祭を抜け出して、近所のスーパーのテレビがある広場へ行って、おばちゃんに

『ディープが今から3冠取るからチャンネル貸して!!!』

って必死に言ってチャンネルを急いで変えて
菊花賞をテレビにしがみついて見た。

結果は危なげなく、
菊花賞を勝ち無敗の3冠馬となった。


ご満悦のまま学校に戻って、興奮のあまり
『ディープインパクトの凄さ』を
先生に伝えたが、理解してもらえず、
こっ酷く叱られたのは言うまでもない。
※当時の先生ごめんなさい。


それからはもっと本格的にのめり込んで、
競馬場にも小倉、大阪、東京など何回も行き、
馬を見るために北海道へ馬ツアーも行った。

実際に牧場で馬を見ると、とても可愛いのに、
レースではとんでもなくカッコイイ。

『一生の趣味見つけた!最高やんけ!』
って11歳から思い続けて、
競馬ファン歴16年の27歳です。


ディープインパクトがどれだけ凄い馬だったかと伝えると、何時間でも話せちゃうけど、

分かりやすく伝えるなら、
○150年の歴史がある日本競馬界の最強馬

○引退してからも、種牡馬としても歴代最高額
種付け料は4000万×200頭=年間80億

○ディープインパクト専属のボディーガードが
24時間体制で複数人いる。

○競馬を知らない人でも誰でも知っている

話したい事は沢山あるけど
本当にディープインパクトは
偉大な馬で、沢山の人に夢や希望をくれて、
ディープインパクトがきっかけで、
競馬を始めた人、競馬に携わる仕事を目指した人も沢山います。




あの武豊が、ディープインパクトの走り方は

『走っているより、飛んでいるようだった』と

言ったのは、騎手生活30年の武豊でも
後にも先にも、ディープインパクトだけ。



これからはディープインパクトの子供達の時代。

ディープインパクトの子供達が、今も続々と活躍をしてくれている。


ディープインパクトの子供でキズナという馬がいるのだが、この馬の話は本当に最高だ。

2011年に東日本大震災があって
日本が悲しみに暮れ、大混乱になっていた時に

競馬で少しでも勇気を持って貰いたいと思った、
競馬関係者の間で、
次の世代に生まれてくる6,000頭の中から
1番良い馬にその年の漢字でもある
『キズナ』と名付けようと話し合い
2012年に1頭の馬名となった。


そのキズナという馬が3歳になり
日本で1番権威があり、勝利する事の難しい



『日本ダービーを勝ったのだ!』



名前の通り、『絆』が勝ち取った勝利だ。

これには日本中が感動し、
被災地の方も、

『暗い事、悲しい事ばかりだったが感動して涙が出た。』

『キズナありがとう!みんなの絆を再確認出来た。』

と言っていたのを思い出した。

そのキズナも引退して種牡馬になり
新しく子供達も生まれているので、
ディープはもうお爺ちゃんだ。

こうやってディープインパクトの思いも血も
次の世代へ伝わって行くんだなと思えた。


最後に、武豊が引退までにやりたい事として、

『ディープインパクトの子で凱旋門賞を勝つ事』

と言っていたので、それを楽しみに

天国でゆっくり見守っててくれたら嬉しいなぁ。



本当に沢山の感動や勇気をありがとう。

君は間違いなく僕の中の
最高のスーパーホースです。

ご冥福をお祈りします。