先日、とある公演を見に行ってきました!
小学校で特別招待があったので、応募して娘と2人で✨
主演の人の半生を描いた作品だったのですが、
娘にはちょっと難しかったかな?
舞台の公演を観るという経験にはなったかな?
私は祖母や母にミュージカルやら舞台やらコンサートに連れて行ってもらっていたので、普通に舞台を見に行くことに抵抗はありません。
今見ると「高っ!」とは思うけどね💦
そんな感じで、娘にも一応経験させたいなぁーと思って行ってきました✨
主演の人の半生は、人生をかけるものと出会った話。
お母さんとのやりとり。
挫折と二度と負けたくないと本気になった話。
挑戦と努力、そして掴んだプロへの道。
プロになるための壮絶な練習と母の支え。
初舞台と母の病。
悪化していく母とやっと射止めた主役級。
大舞台と母の急逝。
母への想いと今。
こんな感じで、半生と母のお話でした。
子供より親達がうるうるしてました。
じーんときたし、これからの残り時間を思ったりもしました。
涙がポロリとなるシーンもありました。
主演の方が『お母さん、産んでくれてありがと』そう言った瞬間
『産んでくれてありがとう、なんて思ったことない、そしてきっと思わない』
浮かんだ自分の中の考えにざっと気持ちが引きました。
育ててくれた事に感謝はしている。
今、良くないと言われてい育児方法ばかりだったけど、精一杯育ててくれた事はわかってる。
不自由なく育って、大学まで出してもらって、無事に30前に結婚して、スムーズに子どもも恵まれて。
専業主婦として今、また不自由なく暮らしている。
感謝しているし、外に出ても恥ずかしくないようある程度しっかりと育て上げてくれた母の事を尊敬している。
それでも
『産んでくれてありがとう』
きっと、そう思わないんだろうなぁって分かってしまった。
それが、ひどく悲しかった。
姉がね、言っていたの。
『自己肯定感低いって言う人が、理解できない。自己肯定感低いって普通なくない?ただの構ってちゃんに見える。』
あぁ、この人は妹の私が『自己肯定感低い』って言ってるの信じてないんだ。
姉は、ずっと優等生で、できてすごい!って肯定され続けていたよね。
だから『自己肯定感が高くて』ときおり、すごく傲慢だと思う。
私は、姉はできるのに妹は出来損ない。ずっとそう言われ続けてた。
だから『自己肯定感が低くて』いつも、卑屈でなんだと思う。
根底に『私はどうせできない』って無意識のレベルで思ってしまう。
『できないなら、居ても居なくても意味無い、居なくていい。』
そう今だって思ってしまうよ。
いつだって、消えてしまいたいと感じる。
子どもの頃に出来たものって、いつまでも引きづって生きている。
ねぇ、どうしたら自分を肯定できるの?
ねぇ、どうしたら子供を肯定できるの?
子育てしてると思う。
『私』が1番子育てに悪影響だって。
悪循環をしてるってとても思う。
自分を肯定する事がないから、
産まれてきて良かったとも思えない、
だから、きっと一生『産んでくれてありがとう』なんて思えない。
それが、すごく薄情に思えて悲しいんだ。
母に対しても申し訳ないとさえ思うんだ。
ねえ、
娘は大人になった時どう思うんだろう。
育ててくれてありがとうとは思って欲しい。
産んでくれてありがとうと思えるほど、充実した幸せな人生を歩んでくれるんだろうか。
今の私が子どもの頃に作られたのなら、
今の娘を大切にしてあげなくては。
いい育児なんてできる自信が無い
悪循環を繰り返してしまう
それでも、ふと気づいた気持ちを
反面教師にしたい気持ちを
時々でも思い出して、勉強した育児を少しでも実践していきたい。
きっと、それしかできないから
『自己肯定感』の高い子ども
そうなってくれたらと願います。
1度でも産まれてきてよかったと、思ってくれたらと願います。