<ヨーコお婆の…団地ひとり暮らし日記 95>

 

今日は6月22日。

これも以前に書いたかもしれないが(Amebaではなかったと思うが何かに書いた)……「22日」という日にちは我が家にとって、とても不思議な数字なのである。

 

母は4月22日に亡くなった。私の父ではないが姉・兄たちの父親は10月22日に戦死した。兄は8月22日が誕生日。親戚で唯一親しくお付き合いしている従姉(母の姉の長女)も同じ8月22日生まれ。その母親(伯母)は8月22日に亡くなった。きょうだいのなかで一番仲良しだった母と同じ日に亡くなり、その日は最期まで同居した長女の誕生日。

 

なんか不思議でしょう? こういうことってほかのご家庭にもいろいろあるのだと思う。科学では証明されない何か不思議なことって世のなかにはあるのだと思う。

 

 

母が亡くなる前、突然べったり一緒に過ごした日々は偶然とは言えない。千里を出る1年前から突然、千里中を散歩したのも偶然ではないと思う。

なんで母とこんなにベッタリいつも一緒に過ごしているのだろうと不思議に思っていたら、とつぜん母は肺ガンを宣告された。なんで突然、千里中を歩きたくなったのだろうと不思議に思っていたら、51年暮らした千里の町にサヨナラする羽目になった。

突然会いたくなって日ごろ乗らない近鉄電車に乗って元乗馬倶楽部の仲間に会いに行ったら、その直後ガンで亡くなったということもあった。

 

誰にでもそういうことってありますよね。

だから私は「原因と結果の法則」とか「因果応報」とか、「良いことも悪いことも行いはすべて自分に返ってくる」とか、「正義は勝つ」「悪は滅びる」とか、「雲の上の何者かの存在」などを信じている。

不思議な数字とはちょっと違う話だが……宇宙の大きな存在の人が空から人間の行いを見つめているように思うのである。だから誰も見ていなくても悪いことはできない。正しい行いもちゃんと誰かが見ている。

 

昔、テニス帰りにいつも駅まで車に乗せてくれる男性がいたが、車からポイ捨てしたりマナーがよくなくて、こういう人はいつかきっと事故を起こすので、怖いから乗せてもらわないようにするため私はテニスクラブをやめた。

すると間もなく、その人は人身事故を起こした。坂道に止めておいた車が勝手に動き出して、人が怪我をしたのである。

 

経営方針や仕事ぶりが良くないバス会社や船会社などもいつか事故を起こすことになる。だから私たち客はそういう会社と関わらないほうがいい、利用しないほうがいいのだが、車に乗せてくれる人物の判断はできても、会社組織となると我われ利用者にはわからないから、事故に巻き込まれることになる……。

 

 

話が飛びました。今日言いたかったのは「22日」という不思議な日にち=数字についてだったのです。

母のお位牌は長兄の自宅の仏壇の中だが、わが家においても今からお線香に火を点けます。