こんにちは

 

 

前回投稿した、つづき

その2〜です^^

 

 

 


 

初の東京行きから戻り

受験までは、あと3ヶ月ほど

 

 

 

いよいよラストスパートのこの時期

モギ試験で「合格率20%以下 志望校を変更せよ」という意味は

 


 

イコール 

ちゃんと合格したいなら、その志望校はサッサと変えなさいね‼︎




ということなのですが。。。

 

 


私は、しょうこりもなく第一志望はそのままで

 


 

でも2浪する気は、全〜くなかったので

自分がなんとか合格しそうな学校も、受けられるだけ受けました😅

 

 


 

という事でなんやかんや

受験した学校は、合計11校〜

 

 

 


これだけ受ければ

受験費用だけでも結構な金額なのに

なにも言わずに出してくれた親には、本当に感謝です。

 

 

 

 

3ヵ月は、あっという間に過ぎていって

受験のための東京へは、今度は一人で行きました

 

 

 

うちの親は

手や口を出さない人たちだったので




宿泊先は、受験する大学近くでお安めの旅館を探して泊まったり、親友にお世話になったりしながら、11校無事に受け終わりました。

 

 

 


 

受験した11校の内訳は

 

 

 

夢のまた夢の第一志望校は

受けられる限りの文系を4学部



万が一入れたらラッキ〜という大学を3校



そして自分の実力で、なんとか滑り込めそうな大学を4校

 



 

私は1浪したわりには、あまり偏差値が上がらなかったので💧💧💧

 

 


でもさすがにこれだけ受ければ

どこか1つぐらいは合格出来るのでは?



という淡い期待を持って

合格発表を待ちました。

 

 

 

 

なんとか入れそうな大学も含めて

11校中





結果は。。。。。。。







第一志望の大学

1校だけ合格💮🎉‼️

 

 

 




これは奇跡すぎだ





フツウに考えるなら

"絶対"といってもいいくらい

あり得ないことが起きました。





なにがどう転んで

私が第一志望にしていた学校に

入れたのかはわかりませんが




もし

別の大学へ行っていたら?




もし

どこにも合格出来なかったら?





どちらにしても

今とは結構違う人生だったと思います。





あの頃を思い返してみると




プレッシャーはあっても

毎日楽しく過ごしてて




大人になってから

ちょくちょくもたげてくる




どうなるかわからない恐怖や不安は、なぜかなかった。





まぁ

それは若くて

なにも考えてなかったからでしょう




と言われれば

そうだったかもなのですが





むしろ

なにも「考えてなかった」から

希望していた事が叶ったのかも





なんて

思ったりします😌





考えすぎても

なにもはじまらない




っていうことかな🍀





どちらにしても

若気のいたりの頃の自分に

感謝ですね。







アリガトウ