2008/12/18(木) 午後 9:21最近の記事練習用
 
 
          (福島の誇る名峰会津磐梯山)

 御来訪感謝申し上げます。

 昨日も記事更新をサボってしまいました。 

 言い訳をさせていただくと、「田母神氏講演会」の報告記事が完結し、ホット力が抜けてしまったというのが実際の理由であります。「力が抜けた」とは、自分自身の中での「何かが胸をなでおろした」という表現をさせていただいた方が的確かも知れません。
 
 郷土の先輩であり、誇るべき偉人と称しても良いでしょう。
 田母神俊雄全航空自衛隊統合幕僚長の講演を報告させていただき、また、報告を記事にするにあたり私自身が得た知識や史実が深く心の中に浸み入り、自己の整理をしないと次に進めないとの感慨も抱きました。
 
 

そこで、今日は本ブログを開設したきっかけとブログ名「東北工程」とブログペンネーム「敬天愛人」について、一度、キチンと皆様に説明をさせていただきたいと考え、本日の記事とさせていただきます。

 私は、昭和31年生まれの当年取って52歳の「オッサン」であります。
 52歳というと「いい歳」になっていると思われるでしょうが、決してまだ「老け込む歳」ではありません。

 まだまだ現役です。(相手が替わればー?)もちろんアッチも元気満々です(笑)
 明石家さんま、島田紳助、野口五郎、郷ひろみ等は「1年先輩」であり、同年の星には、長渕剛もいます。
 恥を忍んで申し上げますが、好きな女優タレントは、長澤まさみであり、北川景子であります。 二人とも私にとって「顔が好み」なのです。
 人格や人となりは知りませんが、とにかく顔を見るとほっとして安らぎと恋心(?)を覚えるのです。 本来は「親子」ほどの年齢差がありますが、もし、彼女達と「親子」であったら・・などとは決して想像も出来ません。あくまで、一個の女性としか見ていません(汗)
 妄想は個人の自由ですからお許し下さい。
 
 そんなことはどうでも良いのですが、故郷に帰って来て親が始めた家業を継いだのですが、仕事の他に消防団や青年会議所などに入って「地域振興への貢献」を自分なりにして来たつもりだったのですが、肝心な事を忘れていた自分に気付いたのが昨年の晩秋の頃でした。肝心な事とは、「日本の事」です。大学受験の時に私立文系で「日本史」を選択したにもかかわらず、「史実」を全く知らなかったのです。それまでは、新聞やテレビを観て「知った気分」になっていただけである自分に気が付いたのです。

 どうも腑に落ちない、何故、これほど日本が韓国に支援しているのに韓国は反日的なんだろう?、なぜ、アジアに対して散々迷惑を掛けたのに親日的な国もたくさんあるのだろう?矛盾だらけでした。

 そんなこんなの中、インターネットで韓国の新聞を読んだり、その記事にコメントをしている「韓国ウオッチャー」の見解を読んでいるうちに自分に欠けている「特亜」の実態に関する知識が全くないことに気づいたのであります。

 それから、特亜に関するブログや資料をネット上で調べ、おぞましい事実を知ることができました。
 つまり日本の近現代史の実態を知ることが出来たのです。

 さて、折角知り得た知識を思うと「日本は誇りと自信を失って来た戦後がある」という結論が自分なりに完成したのであります。

 前科こそ未だありませんが、決して堂々と自分の過去史を語れない「無様な人生」を送って来た者のせめてもの「贖罪」として、自分が取り戻し反省したように、ブログを通して「日本の誇りと自信」を取り戻していただき、21世紀の日本の歩むべき姿に考慮して頂きたいという一念でブログを開設致しました。

 「東北工程」という名前はご存知のように、支那人民共和国が1997年から2000年にかけて行なった旧満州などの東北部の歴史研究のプロジェクトの名前です。

 しかし、本ブログには一切関係ありません。 私はこのプロジェクト名をパクッただけです。私は東北の片隅に在住しており、東北の地から「日本の誇りと自信」を取り戻そうという壮大(?)な計画(プロジェクト)を発信しようという目的を基に「東北工程」と名付けただけです。

 「工程」という言葉は、通常、建設業界で工事の予定や段取りを決める会議を「工程会議」としているように、「工事の過程」の「工程」の意味合いが強いのです。

 私自身も完成=日本の誇りと自信を取り戻すを目標にそこに至るまでの工程表をブログを通して作成して行ければとの思いで本ブログを運営して来ました。

 お蔭さまで、連日多くのご訪問を頂き、今日、ブログ友人のナオミさんに知らされて驚いたのですが、ヤフーブログの全ジャンルの統計のランキングで「コメント」部門で全国81位にランクされていました。

 本当にいつも忌憚なくコメントを残して下さる皆様のおかげです。 心より感謝申し上げます。

 また、「敬天愛人」についても、国思う傑物としての西郷隆盛の言葉を人生訓として、心に刻んで行きたいと考え、ブログペンネームとして使わせて頂いております。

 前回までの記事で申し上げたように、戦後の日本は何ら謂れも無い「冤罪」を「贖罪」する事で63年の歴史を歩んで来ました。

 しかし、「冤罪」であったことが証明される今からは、「反撃」に転じようと考えています。 
 言葉は悪いかもしれませんが「オトシマエ」を付けさせてもらおうと思っています。

 
 

 今後の本ブログの記事は、広義的には「世界へ果たすべき日本の役割」を、狭義的には「日本の反撃の手段」について「オトシマエ」をベースに考察して行きたいと考えています。

 これからも、御支援、御教示の程宜しくお願い申し上げます。
 
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