
人間社会があまりにうるさいと感じるとき、わたしは海に潜る。
海といっても現実の海じゃない、自分の内側、創造の海の方だ。
これは私がほんの子供の頃からやっていることで、誰かに教わったわけではなく自然にやっていた。
無意識に、でも行動は意図的に。
創作すると決めたときからカウントダウン式にそれは始まり、
身体や精神の塵を払う
周りの現実の空気から意図的に離れる
徐々に移行しながら
時間がきたら静寂の中にダイブ
さらに精神的日常的な空間の塵から離れる
地球のあらゆる関係性から離れる
自分の、年齢、国籍、人種などのアイデンティティーから離れる
潜る
潜る
潜る
潜る
何者も邪魔されない空間へ
わたしになる
女ですらないわたし
わたしはただのわたし
そうして初めて、わたしはわたしだけの安心な空間にたどり着く
わたしのわたしによる、わたしのためだけのわたし
その空間では、何をしても、なにを表現してもいい
そこで
わたしは絵を描く、物語を作る。
その形はときに様々変化したけれど、
『自分のためだけのまったくの信頼』
の中で、しばしわたしはわたしを満たす
これは、今で言う「瞑想」なんだろうが、何に繋がっているかと言えば
大きなわたし=魂
または源
だ
それは行くというより潜る、そして還る、だ。
安心安全なあの源にわたしは還るのです、必要があれば 。
源は創作の源でもある。
そこは受容の海。
本当は誰でもあの場所に還れると思う。
否定さえしなければ。
否定しても、それすら受容される場所であると気づきさえすれば