先日、前々から行きたいと思っていた出雲大社へ参拝してきました。伊勢神宮とはまた違った雰囲気の場所でして、なんというか庶民的というか、神々しい感じはまったくなくて身体にすぅっと馴染むような感じに包まれました。

 

神在月に参拝したことで気づいたことがあるんです。

いろいろなパワースポットと呼ばれるところに行ってみて

今回感じました。

 

 

【それはどこにでも神様はいるってこと】

 

神在月だからでしょって?…そうじゃないんです。

 

どこにいても守られている感じがしてね。どこにいても自分は自分で。自分探しの旅とかなんとかってのはちょっと、いや、だいぶ違くて。

 

今回の旅で気づいたことはね。旅ってのは「魂の」旅なんだ。

身体はどこでもなんにでも繋がっていて、心の(魂)スイッチを入れるだけで、すべてに簡単に繋がることができる。うまく言えないんだけど。。いや、できないけど(笑

 

人間という入れ物(器)の中に魂が宿っていて、その魂が旅をしている。その魂が次へ繋がっていく。出雲の歴史に触れてなお、一層感じるものがあった。今までとこれから、ずっと見ていって、ずっと繋がっていくもの。

 

俺が見ているんでなくて、「俺の中の何かが見ている」。自由とか不自由(心のね)とかはなくてね。縛るも縛られるもなくて。縛るってのはすべて自分自身。自分次第。

 

もともとは身体と魂は一つだったんだよね。それが今はバラバラの人が多くて。バラバラっていうか歪みを生じている人が多くて。

 

もっと自由に生きたらいいよ。ってこと^^♪

自由って好き勝手と違うよ。

 

 

悩みたいなら悩めばいいし。笑いたいなら笑えばいいし。

泣きたいなら泣けばいいし。怒りたいなら起こればいい。

 

もっと好きに生きていい。

そうしたらきっと本当に心から

笑えるよ(^_-)-☆