ようこそ、こんにちは😃
日々少し旅気分な
ノマド風アラカン女子日記
週三日の休日を中心に記します
3月27日
今月のおじさまたちとの編集会議
私のパートナーの生前の原稿について
忌憚があるのかないのか
はっきりと発言をするおじさまたち
亡きパートナーとの交流歴もそれぞれならば
編集によせる思惑もそれぞれ異なる
その異なり方も個性が強い
安易に協調しない発言を
議論の行く末を見守りながら
黙って聞いているのもかなり慣れた気がする
私の知らない
彼らの過去の経緯を踏まえた会話だったり
話しそのものが難しくて
じーっときいていて
なんのことだか思い至る時もある
そして、おじさま同士が噛み合ってないことも
丁々発止とは言わないが、
ハッキリズバズバ言う
しかも語彙が豊富ときている
その態度を見倣うかどうか
は、別として
私は
本当はどうしたい?
それに対してどう思う?
ぼんやり参加しているだけな自分に気がつく
私はどんなイメージに向かっていて
そのために
この時間をわざわざ
どう過ごそうとしているんだろう
そういうことをふだんから、
考えていない自分にぶつかりながら
考えるために立ち止まるにも
どう考える?
どこまで考える?
そんな自分への向き合いと
でも同時に、
それを、やりたいのかそうでないのか
直感にも向き合うことと
両方に率直でありたい気がする
このおじさまたちといったら
かたや大腸がん
かたや前立腺がん
かたや網膜何ちゃらと
検査に、数字に、腹水に、脚の腫れ
長からず
いつか私自身が向かう
(私にゃ前立腺はないけどね)
道筋の先にいる
メンバーで1番若いひとりが突然亡くなったのはもう二年前のことになった
その時、みんなの肩を落とすことと言ったら…
これだけ
重そうな身体で
これだけ
普通に病の話をして
言いたいことを言っているのか
それとも
まだ腹に思うところがあるものなのか
ここ、大阪のど真ん中
濃すぎるほどの黒々とした珈琲が名物の喫茶店☕️
で何年も
最近はチェーン展開もして
インスタ見て国際色豊かな
入店待ちの行列さえできるというのに
ミーティングの度に
ほぼ必ず、
おじさまたちは
店の奥の1番ゆとりのあるソファー席を半日占有できている
店の人はいつも
はいはい、あちらですね
と
ドアの外にどんなに列ができていても
すんなり通してくれる
よぶんな愛想はないが
無愛想ではなくて
マニュアル通りの不慣れな扱いに
こちらが苦笑いすることなど一度もなく
忙しくても
客が話しかけたら
邪険に応じることはない
昔から
海千山千の人々が
行き交い集い、
流れて、来て、去る
関西の都会の真ん中の真ん中であり続けた
商売人の街の
「こなれた」接客
今やなかなかお目にかかれない
だけどアラカン以上たちには慣れ親しんだ
この接し方こそ、ここの「名物」なのかもね
「予約」などという作法など
思いもよらないおじさまたちは
6、7人座れるソファに囲まれたテーブルに
当然のように陣取って
珈琲☕️しか頼まない
数軒隣に
間口の狭いお好み焼き屋があって
そこもまた
今時インバウンドとインスタの影響か
並んでいて、私は店の前を通る度に
不思議な気がしてしまう
確かに、特別美味しくはない
昔、一度だけ連れて行かれて
私がそう思ったからで
パートナーも
「特に美味しいというわけでなく混まないから、酒も飲まずにずっと話していられるんだ」
と、自分たちには
よくしてくれるとその店への親しみを話していたからだ
ある夜のこと
その店を出たところで
大阪の地方放送局のバラエティ番組の
街頭突撃インタビューを受けて
彼らは
いつもどおりに忌憚のない、
そして
常人にとっては破天荒な
だからこそ
関西らしいノリに受ける表現で
カメラに向かって物申し、
しっかりちゃっかり、番組に採用された
パートナーの死後
メンバーのひとりがその動画を送ってくれた
それはまだ
メンバーの誰も、今の病を知らなかった頃
オッサンたちの雄叫びに
インタビューアーのほうが、たじろいでいる
予想外の取れ高だっただろうな
今月のミーティングも
誰が欠けても不思議ではなかったが
体調不良の全員が揃って、
半日も座りっぱなしで
言うこと言って
次回になんとかハシゴをかけ(たぶん)
それぞれの帰路についた
ある意味リスペクトしかない、って、いつも感心する
年老いた自分自身の身体への彼らのハッパのかけ方に
この感心の仕方はおかしいんだろうか〜
って、笑えてくるような疑問も一緒に、である