おはようございます♪
上見尾美穂(かみお☆みほ)です。
毎日毎日、本当に溶けますね。
救急車のサイレンを聞かない日はないような気がします。
皆さまどうか、熱中症にはお気をつけくださいm(__)m
本題です
先日ばったり、娘の卒業した総合支援学校の元担任の先生にお会いしました。
久々でとても嬉しかったのは当然ですが、先生があまりに感動されてるので、
「そんなに私達親子がお気に入りだったっけ?(笑)」とか思ってたんです。
もちろんそうではなく、(笑)
先生「実はAちゃん(娘)と仲良しだったBくんが亡くなったの…」
私 「…。」
先生 「しかも、今夜がお通夜なの、だからこの出会いってBくんが引き合わせてくれた気がして〜。」
もう悲しくて、切なくて、ちょっとパニックでした。
支援学校には軽度〜重度までいろんな子がいて、重度の中でも歩ける子もいれば、寝たきりたったり、車椅子だったりと、いろいろです。
詳細は、個人情報もあり聞けませんでしたが、ご両親の気持ちを思うと言葉に詰まります。
先生と話したのは、Bくんは一生懸命生きてたよね!ということ。
精一杯生きて、生きて、頑張った!
って。
悲しいけれど、彼の死を聞いて、私も彼のように一生懸命、娘と生きようと思いました。
人が亡くなってしまうと、多くは何故?何故?
ってどうしても意味を探ってしまいます。
まだ若いのに…。
あんなに良い人なのに…。
って。
人はいなくなったあとで、意味づけられると思います。
身体はなくなっても、その人の生きた証は残ってる。
だって、
親子なら、親は子によって、それまでの自分から変化して、
子は親によって変化します。
互いに影響しあって、互いの中の一部となって刻まれていきます。
友人関係でも同じ。
たとえ、Bくんが亡くなっても、彼に出会った沢山の人の中にも彼が生きているはずです。
私も彼の精一杯生きた頑張りを少しでも受け継ぎ、生きていたいと思うのです。