これからF1シンガポールGPを見ます。ニャンモです。

 さて、来月のイベントに向けた新造艦を作る予定でしたが、現時点では全く進んでいません。駆逐艦「天津風~ワケあり仕様~」とか、駆逐艦「雪風」の中華民国譲渡艦である「丹陽」仕様とか、米国巡洋戦艦「レキシントン」とかがすべて建造途中のまま建造中止です。

 ちなみにレキシントンでは、新しい試みを試している途中です。もし上手く行けば、今後の新作艦のディティールアップに一役買ってくれそうです。実験が吉と出るか凶と出るか・・・実に楽しみです。

 今回ご紹介するのは、1940年当時にアジアに存在した3つの独立国家のうちの一つ、タイ王国が保有していた日本製の海防戦艦です。その名は「トンブリ」級海防戦艦。


 1930年代のアジアではその殆どの地域が、欧米列強各国の植民地となっており、国家として独立を保っていたのは、大日本帝国・中華民国、そしてタイ王国の3つだけだったのです。そのうち日本は米・露と対立を続けており、中国はその領土沿岸部分の一部を列強各国に、そして東北地方を日本に蝕まれていました。

 そんな中、西南に英国領インドとマレー・そして東に仏印という列強に囲まれながらも、タイはその独立を保っていました。英仏両国が自国侵攻の機会を伺っている事を嗅ぎ付けたタイ王国は、東南アジアにおける両国のバランサーの様な巧みな外交を続けていました。英仏共に同盟関係にあったため、どちらか抜け駆けする事は出来ないと牽制し合っていた事も、タイには有利に働きました。

 そんな中、元来陸軍国家であったタイであったが、フランスには一部領土を奪われており、チャンスがあれば領土回復をしようと考えていた。しかしその際に、フランス極東艦隊に港湾破壊・通商破壊工作、更には上陸支援作戦を支援されると大きな支障をきたす為、これらを牽制できる沿岸警備用の新型艦が必要になった。

 そこで、アジアの中でも世界有数の造船国家であり友好国家であった大日本帝国へ、フランス極東艦隊で最強の戦力を誇る軽巡洋艦の15センチ砲に対抗できる、20センチ連装砲を搭載した2000t級の海防戦艦を2隻を発注する事を決めたのだ。

 発注先は日本の川崎重工神戸造船所で、一緒のドックで建造された。2000トン級の船体で20cm連装砲2基という重武装と一定の外洋航行能力を両立させる目的から、船体は艦首甲板の高い長船首楼型とした。船体形状は凌波性を持たせるため強く傾斜したクリッパー型艦首から前部甲板に強い甲板の反り返りを付け、前半部の乾舷を高めている反面、重心低下のため艦中央部より後方の乾舷は水面付近まで低くしてバランスを取っていた。

 古鷹・青葉型の改装後に搭載されたものと同じ、20センチ連装主砲は前後に1基づつ計2基4門が搭載され、対空砲なども英国のライセンス品が日本で製造され搭載された。罐はドイツ製だったが船体が小さかった事もあり小型の物に制限され、最高速は15.5ノットと低速に終わった。しかし、20センチ連装砲搭載艦を複数保有している事は、フランス極東艦隊からすれば実に目障りな存在であった。ミサイルと同じで飛行距離の長い方が有利なのは砲戦でも同じであった。


 そして1940年に仏本国が独逸に降伏すると、タイはヴィシーフランスへ一部領土の返還を迫った。そして両国の外交が暗礁に乗り上げると11月23日、タイは空軍に攻撃命令を出し、タイ・フランスインドシナ領紛争が始まった。

 海軍はその制海権を広げるべく翌41年1月、コーチャン沖へ艦隊を出撃させた。しかし艦艇数ではフランスが勝り、また乗組員の練度も、フランスと比べて明らかに劣っていた。索敵でもフランスがいち早くタイ艦隊の所在を見つけ出しており、待ち伏せに成功している。

 濃霧に遮られた視界の中で、練度も高く艦艇数も多いスランス海軍に待ち伏せされるという事は、ある一つの結末を示唆していた。タイ海軍の敗北である。

 まずは「トンブリ」以下4隻からなる第2戦隊は瞬く間にダメージを受け、旗艦「トンブリ」は被弾し艦橋を炎上。以下の水雷艇は次々に撃沈されていった。第1戦隊が到着したときには「トンブリ」は炎上しており右舷からの浸水も確認されていた。結局第1戦隊は残った乗員の救出だけして現地から離脱。後に「トンブリ」は転覆・各座してしまう。

 その後大規模な海戦は起こらなかったが、フランス本国の混乱の為、日本が仲介役となり終戦協定を締結した結果、フランスはタイの要望をほぼ丸呑みした形で決着したため、この紛争はタイ側の勝利となって集結している。バンコクには戦勝記念碑が今でも存在している。
 
 後に太平洋戦争時には日本と同盟を組み「枢軸国」側として米英へ宣戦布告するも大規模な戦闘に参加することはなく、1945年8月16日に宣戦布告自体を「無効」としたため、敗戦国としては扱われなかった。

 トンブリは沈没後に日本のサルベージ業者によって浮揚されたが、損傷がが大きく修理不可能と判断され、その艦橋と1番主砲塔をタイ海軍の兵学校に移設され解体された。2番艦の「スリ・アユタヤ」は、1951年のクーデターで陸軍の砲撃によって破壊され沈没した。


 
 さて、何とも不遇な運命を辿ったこの「トンブリ」級海防戦艦。1/2000スケールで作成するとなると、その小ささは圧倒的。実物ですら全長76m・全幅14mという小ささですから、モデルにすれば全長は38mm全幅7mmという小ささになります。しかもそこに20センチ連装砲を載せるわけですから、アンバランスにならないワケがありません。あまりの小ささに、今回は父親のカメラを借りて撮影を行いました。スーパーマクロ接写機能が役に立った瞬間でした。

 
 では、アジアで唯一フランス海軍とサシで海戦を戦った「トンブリ」の1/2000模型がこちらです。

チイサイカラダニオオキナシュホウ。オマカセクダサイ!

艦首はちょっと仕上がりが荒いです。

これで遠洋航海能力があるとか言われても不安で仕方がないw

一応「(海防)戦艦」なので、主砲は動くよ。

ライターと比較するとこんな感じに・・・


 
 如何だったでしょうか。この小ささでトンブリ級を作る物好きはかなり少ないと思います。しかし、中国海軍の巡洋艦や、タイの海防戦艦を見ていただくことで、当時の帝国海軍の軍事力が如何に突出していたかがお分かり頂けるかと思います。明治維新以降の日本の尋常ではない発展ぶりは、本当に凄かったんですねぇ。ちなみに、最近続けてきたアジア艦シリーズは、この「トンブリ」級と、中華民国軍艦「丹陽」にて終了の予定です。

    次は日本か米国か。どちらを先に造るでしょうか・・・・悩みどころです。


 なお、10/5の青森ですが、展示会場スペースの問題からそれほど多くは展示できないとのお話を頂いています。ですので、むつ市での展示は「選抜チーム」での展示になりそうです。それでもむつ市にこれだけの1/2000スケールモデルが揃う事も無いかと思いますので、現地の方々が少しでも楽しんで、小ささに目を痛くして頂ければ幸いです。


 では来週は・・・新造艦?または変な比較企画とかできればいいなぁ・・・と思います。

 それでは ノシ