ご心配おかけしてます
そしてたくさんのコメント、メッセージありがとうございます



やっと電波が入り
みなさんからのメッセージやコメントを見ることができました



いつ電波が届かなくなるかわからないので
今から長くなりますが
私が体験したこと
今の状況を書きたいと思います




まず
姉と連絡が取れました
父とも今朝やっと電話で話しました
みんなとは言えませんが無事です




私たち姉妹と旦那の実家は壊滅状態の陸前高田です




ラジオで壊滅状態と聞いた時
頭が真っ白になりました




鳥になって飛んでいきたいとこれほど思ったことはありません




私の実家も流されたそうです
もう帰る場所はありません
姉からメールで
「父さん大丈夫だけど家が流されたって」と届いた時
父が生きてるのがわかってホッとしたのと同時に
家が無くなったという現実に放心状態になりました




でも生きているだけで良かったと思わなければいけません
実は旦那の両親と連絡が取れません




テレビで見た映像に愕然としました



私の知っている場所がどんどん波に倒される
見てられません
でも現実です




私は昨日のお昼過ぎに
やっとアパートに帰ってこれました




仕事に行く前に
もうひとつの職場へ行くため
仙石線に乗り
陸前高砂というところへ行っていました




用事を終え
仙台に向かうため
陸前高砂の駅の改札を通り
ホームへ立った数分後
地震が来ました




ホームには
もうひとり女性が立っており
その人としがみついて
まずしゃがんで
揺れがおさまるのを待ちました




おさまるかと思っても
次から次と
大きな揺れが繰り返し繰り返しやってきました




怖くて声も出ませんでしたが
出来るだけその女性に声をかけ
励ますことで自分の冷静さも保とうとしました




目の前の専門学校の
壁が3階から崩れ
地面に落ち煙を上げ
教室の中が見えました



私は女性に
「取り合えずここは危ないので離れましょう」と言って
改札を抜け駅を出ました




正直ホームの屋根が落ちてきてここで死ぬのではないかと思いました




駅を出て向かった先は
私のもうひとつの職場




事務員さんが一人残されていたからです




それに私も行き場所がなかったので急ぎました




地面はひび割れ
建物のサッシなどが外れ
いつ上から何が落ちて来るかわからない中
必死で走りました




事務所のあるマンションは壁に穴があき
水道管が破裂したのか
水が洪水のように上から吹き出し




いつか倒壊するのではないかと思いましたが
意を決して
4階の事務所まで階段を上りました




事務所は一番はじ
天井や壁の崩れた破片と共に
水が吹き出していて
行くのをためらっていると
事務員さんが出てきました



大声で名前を呼び
すぐ二人で抱き合いました



「大丈夫です
大丈夫です」
と事務員さんを強く抱きしめると
事務員さんは泣き出しました




いつ崩れてもおかしくないこのマンションを
二人で離れ




私は事務所近くの事務員さんのお宅へお邪魔することに



私はアパートのざくろたちと旦那が心配で
何度も何度も電話しました



ざくろたちに何かあったらどうしよう
最悪のことを考えました




そして仕事柄
色んな所へ出掛ける旦那が無事なのか
本当に心配で生きた心地がしませんでした




「お母さん、さくら
どうぞみんなをお守りください」
私は祈ることしかできませんでした




しばらくして
旦那より電話が入り
ざくろたちが無事だとわかりました




私は事務員さん家族と共に
避難所である病院で一夜を過ごすことになりました




津波がすぐそこまで来てたんです
誘導されるまま
病院へ行きました




そして夜
市内の海岸で
200~300人の遺体発見という情報を聞き
本当にとんでもないことになっているのだという現実を突き付けられるのです




私が地震にあった場所は
断層のすぐ近く




被害はすごく
朝見た時は
屋根瓦がたくさん落ちているところ
ブロック塀が倒れているところ
電線が切れて垂れ下がっているところ
などがありました




コンビナートが燃えている地区のそばということもあり




空には黒煙が上がり
臭いがこちらまで漂っていました




テレビでしか見たことのない情景が目の前にありました




そして夜が明け
私は歩いて帰る覚悟で
事務員さんと避難所を出たのですが
旦那が車を出せると電話をくれたので
迎えにきてもらい
無事にアパートへ帰ってきました




その車の中で姉からのメールを受け取りました



アパートに着き
ざくろの顔を見た途端
ざくろを抱きしめ泣きました



ざくろたちが無事だったこと
怖い思いをしたこと
実家が無くなったこと




こらえていたものが
一気に溢れ出ました




私のアパートは仙台の南側で
陶器類の破損や
物が倒れるといった被害はほとんどなく



あれ程の地震でよく大丈夫だったなと思うほどでした


あんなに離れているのに
コンビナートの煙は見え
臭いも届いていました



すぐ隣の町は
水没したところもあります



本当に運が良かったのだと思います



今日は満足に買えないですが食料品を並んで買ってきました




ざくろたちのエサは
幸い買ってきていて大丈夫なのですが
トイレの砂が買えずに困っています




少しずつ復旧していますが
私の地区はまだ停電していて
暗い中
懐中電灯で生活しています




でも布団で寝れるだけ幸せです




父は壊滅状態の陸前高田を離れ
水沢の従姉妹の家に叔父夫婦と共にお世話になっているそうです




だから連絡が取れたようです



父の「なんにも無くなった…」と言う言葉が忘れられません




そして実家のすぐそばの父の実家の従姉妹たちがどうなったのか
父すらわからないとのこと



100歳になった祖母は
同じく壊滅状態と言われている大船渡の叔父の家に避難しているそうです




叔父の家は高台にあるので
大丈夫だとずっと信じてきました



でも叔父の奥さんのお母さんが津波で亡くなられたそうです



そして私の友達も高田以外に大船渡にもいます
連絡が取れません
たくさんの友達に連絡が取れません




どうか無事でいてください



神様どうかお守りください








コメントやメッセージのお返しができなくてすみません



本当に元気をもらっています



いつ落ち着くかわかりませんが
いつも通りここでみなさんに会える日を願っています


みなさんに感謝感謝です



あきざくら