岡本太郎の「自分の中に毒を持て」読みとちゅう。

   

冒頭からキテる!って感じで、シビれまくってます。こーゆー言葉、どうして今まで生きてきた中で、コドモの人生を指南する立場にいる人たちが言ってくれなかったんだろうーってすごく思った。

   

この本に出会ってすごく良かったかも。自分のまわりにいる女友達や身内や上司や同僚や・・・もっとも身近にいる人たちでさえ自分のことをなかなかわかってもらえない、と憤る中、どうして自分に接点の無い人物がどうしてこうまで自分の心の中に響くメッセージくれるんだろうって思う。

   

私は義務教育の学生時代ってほんと、優等生、いわゆる「いい子」だった気がする。結局形作られてる環境に媚びて生きてたのかもね。たぶんこれって、自分の人生に責任持ってない単なる愚痴発言になりかねないけど、ガッコのセンセイたちの大部分って、ほんと、大した経験ないくせにもっともらしいこと言ってたなーなんて思っちゃう。進路相談とか受験指導とか、その先社会に出た後の行き方とか、アドバイス的なことを言うわけだけれど、アドバイスになってない場合ってたくさんあった気がしない?だって、あなた、そうは言っても社会人として揉まれてやってみたこと、あるわけ?机上のお勉強だけして、おりこうさんアドバイスされたって何にも心に響いてこない。そうやって平気でセンセイやってる人たちなんて、ほんと厚顔だなって感じたりしちゃう。個人的には今となってはもうどうでもいいし何の怒りも沸かないけど。今自分の人生ちゃんと生きてるから。

   

秋吉久美子さんが語ってたことで、優等生の役割を抜けてほっとした、っていうのがあって、そういうのがすごーく分かった。

   

(今まとまらずに心中渦巻いてるもの吐き出してるのですっごいネガティブ文章になってるかも。)

   

つきあってる女友達にも、憤ることがたまにあって、いつも「男」を中心とした「幸せ」を切望してるのに、飲み会繰り返して収穫なし、の姿も、どうも主体性がみえなくてひどくつまらなく感じてしまったりする。主体性がなくて他力本願だから、魅力もUPせず欲しいもの手に入れられないんじゃないの?とか、残酷なこと思ったりする。とりあえずの”こなしシゴト”だけ毎日やって、自分として語れるものも無くって、白馬の王子様探しにだけ時間を割くのに全然恋愛Happyな姿見せてくれたことない、とか。  

   

・・・とりあえず吐き出したくてぶちまけちゃった。こんなこと書くのも自分の中にもいろんなコンプレックスとか整理できないものが渦巻いてるから。