今日は終戦記念日でした。先日レンタルから映画『プライベートウォー』を借りて見て、いつの時代も戦争というものは得るものは一つもなく失うばかりで全くの無意味だということです。それは戦争に勝った国も負けた国も然程変わりはないということも・・・。

 戦場女性ジャーナリストのコルヴィン(ロザムンド・バイク)は数々の戦場で取材を続け2001年、スリランカ内戦中の取材、護衛していた現地の兵隊の忠告に従わず爆発に巻き込まれ重症を負ったが何とか一命は取り留めたものの左目を失う代償を払わされた。失った左目に眼帯を付け戦場でのトラウマに苦しめられ上司から戦場での仕事から安全な取材の仕事を勧められても彼女は戦場での取材をやめなかった。

 2012年、コルヴィンはシリア内戦の現地に赴き、いよいよ自身の生命(いのち)の危険が迫った現状でもその場から逃げようとせず同国で起きている内戦を母国のテレビ局に伝える。そのラストシーンのセリフは物凄く衝撃を受けました。

 「視聴者の皆さんにとって戦争は遠い出来事。でも、ここ(現地)では現実です。2万8千の民間人が孤立し男も女も子供も寒さと飢えに苦しんでいます。食料はなく無防備です。電話は通じません。電気も止まっているので、わずかな物資を人々は身内で分け合って凌いでいます。

 いま私は幼児を抱えた大勢の女性達と一緒にいます。彼らは凍てついた過酷な状況の中で包囲されています。子供達は、もう何週間も砂糖と水しか口にしていません。

 (画像を見せて)この男の子は今日死んだ二人の内の一人です。これがここの日常です。シリア政権は民間人を攻撃していないと視聴しています。狙いはテロリストだと言い張っている。でも民家が砲撃されているのです。私が今いる建物の最上階は既に跡形もありません。ここは軍事目標から程遠いのに政府の言葉は真っ赤なウソです。 

 (中略)

 この戦争は、これまでに見た中で最悪の戦争です。平和的な抗議運動が政府の一方的な暴力によって弾圧されたのです。いまアサド大統領はダマスカスの宮殿で動揺しているはず。かつて父親が築いた盤石な体制は音を立てて崩れました。彼が出来るのは、かつて教えられた唯一の手段だけ。それは若い頃に見た父親のやり方です。父親は反対派を潰すためハマーの街を攻撃して1万の罪のない市民を殺しました。私達と同様にアサドは罰を受けずに人を殺す独裁者を見ました。

 市民の唇が問い掛ける言葉はこうです。”私達は見捨てられた”何故なのか?私にもわかりません」その直後、彼女の運命は・・・。


 戦争というものは、いつの時代もどこの国で起きても虚しく悲しいだけです。歴史がそれを語っているのに全く世界は改善されず悲劇は繰り返しています。私から言えるとしたら「少しは学べ!!」です。大して取り得のない私でもわかることです。




危険な現地で取材を続ける戦場女性ジャーナリストのコルヴィン。

そんな彼女も遂に・・・。