全盛時代のブルーノ・サンマルチノ。


 先月の18日、かつて御大ジャイアント馬場と死闘を展開した一流外国人レスラーで「人間発電所」と異名されたブルーノ・サンマルチノが82歳で亡くなった。私のブログで2010年10月22日にブルーノ・サンマルチノの記事は書きましたがジャイアント馬場にとってブルーノ・サンマルチノは生涯最大のライバルと同時に無二の親友でもありました。更にブルーノ・サンマルチノが亡くなる四日前には、どういう因果か?馬場の奥さんの元子さんも亡くなっています。馬場にとって、かけがえのない人物が二人も同時期に亡くなるというのも不思議な縁に感じます。

 以前の私のブログにも書きましたが1990年9月1日に「全日本プロレス」の日本武道館に初観戦しに行った時にブルーノ・サンマルチノがジャイアント馬場デビュー30周年記念の祝福に来日し生で見たのがこの日、最初で最後でした。「全日本プロレス」旗揚げから「ファンク一家」同様、全面協力し馬場との友情は深く息子のデビット・サンマルチノもレスラーとなって何度も日本に来日させた馬場に深く感謝していたことを語っていました。1999年にジャイアント馬場が亡くなり同年5月2日、「全日本プロレス」の東京ドーム大会に「ジャイアント馬場 引退試合(兼対戦相手)」に友人として参列するために来日しました。


 長年、日本そしてアメリカのプロレス界を支え続けたブルーノ・サンマルチノに敬意を評したいと思います。


    偉大なるレスラー、ブルーノ・サンマルチノ・・・永遠に。そして「ありがとう」

 

後年のブルーノ・サンマルチノ。

老体とは思えぬ鋼のような筋肉。まだまだ衰えていませんでした。