雨月物語は江戸時代後期、上田秋成に依って著された9編の怪異物語りが収められた小説集です。

その中から「浅茅が宿」に登場する女性・宮木を描きました。

 

今の千葉県市川市のあたりに、地主の三代目当主・怠け者の勝四郎と近郷一の美人で賢女と言われた妻、宮木が家を継いでいました。

そんな当主ですから栄えてきた家も次第に傾いてきました。

そこで勝四郎は一旗上げてやろうと画策し、先祖代々守ってきた田畑全てを売り払い、それを元手に染る前の白絹を買い京で売りさばき大儲けをしようと、止める妻を振り切って春のある日、秋には戻る約束をして旅立ちます。

時は、室町時代も終わりに近い頃、足利幕府の力も衰え始め応仁の乱などの大きな争いが京都や宮木を一人残してきた関東でも起こりました。

 

そんな状況で、七年の月日が経ってやっと妻の住む家に戻ってきた勝四郎です。

故郷に着いたとき、日は西の水平線に沈み、低く垂れこめた雨雲は暗く空を覆っています。

背丈ほどもある夏草をかき分け進んで行きます。

立ち止まって見まわすと田畑は荒れ放題、あったはずの畦道も見つからず、夏草や泥の塊ばかり、人家ひとつ見当たりません。

見慣れない風景に不安を覚えながら、さらに草の中を進み

見覚えのある朽ちかけた一本の松の木を見つけて

「ここじゃ、我が家に違いない」

浮きたつ心を抑えて、彼は近づいて行きました。

「あった、家があった・・・

古戸の隙間から光がもれ、人の気配もしており

「誰か住んでいるのか・・・宮木か・・・・」

動悸は高鳴り、歩んで咳払いをしてみると

しばらくして、家の中から「どなた・・・・」

やや老けて疲れた様子の声音ですが、まさしく宮木のものと確信し

「おれじゃ。おれが帰ってきたぞ・・よくもまあ無事でこの荒涼たる野に住んでいたなぁ、生きていてくれたなぁ・・」

と息も継がずに矢継ぎ早に言うと、戸が軋みを上げて開きます

「宮木じゃな・・・」

「宮木かというておるのじゃ・・・」

うっと嗚咽がこみあげ、とめどなく涙が溢れ、彼女の頬をつたいました。

しばらくの間は、次の言葉も出ない有様でただ彼女をみつめていましたがやっと落ち着きを取り戻し、同時に宮木が愛おしく不憫な気持ちでいっぱいになり、思わずきつく抱きしめました。

勝四郎は故郷に戻ってくる途中儲けたお金を、山賊に奪われて無一文に成ってしまったこと。

関所を超えられずに京都に戻り、戦乱の最中、宮木はもう生きてはいないと思いながら七年もの年月がすぎてしまったことなどを話した。

「しかし、ふと十日前に、死んでいるのなら、お前の姿は無くとも菩提を弔いたいというきもちになって帰ってきたのじゃ。なぁ宮木、お前がこんなに達者でいたとは思いもかけなかった。夢を見ているようじゃ。幻ではあるまいな・・・」

「このように、痩せた肩になって・・・」

宮木も汚れた袖口で涙を押さえ、細い声で途切らせながら言うのでした。

「あの時、あなた様と別れた後は、いつお帰りになるかばかり考えておりました。秋にはお帰りになると申されていましたので、ただ秋がくるのを待っていましたが、秋口の前にあの恐ろしい火の海がやってきて、世にも恐ろしい地獄絵図となりました。・・・それでもなんとか天の川の星々の光が一際冴えて、秋が来た、さあ、あなたが帰ってくると思うていましたのに・・・」

「冬がやってきて、やがて春が巡ってきたというのにあなたからの知らせは無く・・・荒野に生き残った狐やふくろうを友として今日まで過ごしてきたのです」

こみ上げる嗚咽は言葉を途切らせ、

「今は、今は、やっと念願もかないました。あなたを、もう恨んではおりません」

宮木は泣き伏し、勝四郎は嗚咽する妻の背を優しく撫でながら、「少し眠って、話はまた明日にしよう・・・・」

七年ぶりに枕を並べて眠りについたのでした。

 

夜明けの頃、彼は、ぼんやりとまだ夢見心地でしたが、肌寒さを覚えて、夜具を掛けようとしました。手探りで場所を探ると、手に奇妙な感触が、それはさらさらと乾いた音がして、まるで砕けた人の骨のようでした。

眠りの淵から、次第にはっきりした意識になってきて、

顔に冷たいものが、滴の様なものがふりかかってきます。

天井を仰ぐと、そこに夜明けの淡い月の光が差し、屋根は風のために破れていて、目の前にはただ荒れ果てた景色が広がっていました。

勝四郎は思わず、つぶやきます。

「宮木・・・・・」

 

今回のモデルはちょっとエキゾチックな雰囲気の宮澤エマさん、「おちょやん」の栗子役からちょっと愁いを帯びた表情をお借りしました。

ミュ-ジカル、舞台で活躍し、テレビではNHKの朝ドラ「おちょやん」で竹井千代の継母・栗子や同じくNHK大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」北条義時の妹・阿波の局などちょっと癖のある役柄を見事演じられていました。

最近では「フェルマ-の料理人」でも出演中です。