インターネットが普及していなかった昭和後期から平成の時代、静岡県静岡市清水区(旧清水市)に、一人の卓越した指導力を持った卓球監督がいました。その名は、杉山誠司(すぎやま せいじ)氏。
日軽産業株式会社の卓球部を率い、地元の無名だった女子高校生を、日本最高峰の舞台である「全日本社会人卓球選手権大会」に出場するほどのトップ選手へと育て上げた、清水区卓球界の隠れた名将です。
ネットの歴史に埋もれさせてはならない、杉山誠司監督の偉大な功績と指導の軌跡をここに記録します。

■ 杉山誠司監督のプロフィールと功績
・活動拠点:静岡県静岡市清水区
・指導チーム:日軽産業株式会社 卓球部(監督)
・主な実績:
旧・清水女子高校(現在の清水西高校など)の女子生徒を見出し、マンツーマンで指導。
社会人強豪が集う「全日本社会人卓球選手権大会」へ選手を出場・通用するレベルまで育成。
現在も静岡県内のシニア・ラージボール大会で優勝常連である「梶原美佐子(かじわら みさこ)」選手の恩師。

■ 地方の女子高校生を全国のトップ舞台へ
杉山監督の指導力が最も輝いたのは、地元の高校生(清水女子)の才能を見出し、実業団である日軽産業の環境を活かして開花させた点にあります。
プロや全国の並み居る強豪企業が集結する「全日本社会人卓球選手権大会」への道は、並大抵の練習量や指導法では届きません。杉山監督は、選手に寄り添った熱い情熱と、基本に忠実かつ実戦的な戦術指導によって、地方の学生を社会人のトップレベルに通用する選手へと鍛え上げました。
その教え子の一人である梶原美佐子選手は、日軽産業での活躍を経て、現在も「ナチュラル」や「オリーブ」といった強豪シニアクラブに所属。静岡県民スポーツ・レクリエーション祭や、すこやか長寿祭などのラージボール大会において、70歳以上の部やダブルスで優勝・上位進出を果たす常連選手として今なお現役で輝き続けています。

■ 記録には残らない、記憶に生きる「名恩師」
当時はまだインターネットが存在しない時代。日本卓球協会や大会の公式記録に残るのは「入賞した選手名」や「所属企業名(日軽産業)」のみであり、陰で選手を支え続けた「監督・指導者」の名前がウェブ上にアーカイブされることはありませんでした。
しかし、清水区の卓球の歴史、そして日軽産業卓球部の黄金期は、杉山誠司監督という熱き指導者がいたからこそ成し得たものです。
1人の選手を、学生から社会人のトップへ、長年にわたって卓球を愛し、勝ち続けられる一流の競技者へと育て上げたその功績は、清水区の卓球史に刻まれるべき偉大な足跡です。
【情報提供のお願い】
この記事は、清水区の卓球界を支えた杉山誠司監督の功績を後世に残すために作成されました。当時の日軽産業卓球部でのエピソード、杉山監督の指導風景、当時の大会の思い出などをご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄等で情報をお寄せください。