死にゆく子も自立できなくなったら、看取
るために連れ帰ります。


連れ帰ってよいかは猫に尋ねます。うちに来る事を選択した子は、その時が来たら私の懐に飛び込んできます。



一年ほど前だったか、、隣の公園に来てい
たオス猫は難治性の口内炎で、いつもヨダ
レを垂らしていました。食事があまりとれ
ず、牛乳をもらうのを楽しみにしていました。


日毎に痩せ弱っていく彼ですが、気性だけ
はまだまだ荒く、側に近寄れません。食事
や牛乳をの前に置くのでも、うっかりする
と、猫パンチで叩き落とされます。


ある日彼に、その時が来たらうちにおいで、と伝えました。人に気を許さないこの
子が私に身を委ねるとは思えませんでしたが。



それから一週間位経ったある深夜、仕事へ
行くためエレベーターで一階に降りました。
ドアが開くと、そこにあの子がいました。
横たわって私を見ていました。



何故か両前足に血が滲んでいて、辺りを這
った跡があります。瀕死な状態だとわかりましたが、目だけはまだ十分な光を持って
私をじっと見ています。約束を果たす時が来たとわかりました。


もう大丈夫だよ、あとのことは私に任せて
ね、と声をかけながら彼を抱き上げました。
全く抵抗せず、じっと抱かれていました。


バスルームに寝かせるための敷物を敷き、
横に食べ物と牛乳も置きました。自ら口に
することはないだろうとは思いましたが。



彼を抱きながら 、よく来たね、ありがとう、ゆっくり休んでねと声をかけました。
彼の今世で最初で最後の人とのスキンシッ
プだったかもしれません。彼は目玉だけ動
かし私をじっと見ていました。彼が私の言
葉を理解していることはわかりました。こ
うやって今私がした約束を果たしてもらい
に来たことからも。



明け方仕事から戻ると、ヨダレ君はそのままの姿勢で息絶えていました。
お通夜をして、翌日近くの土に返してあげました。




最期までひとりで過ごしたい子は、私が呼
びかけても出て来ません。それぞれがどう
したいかを選択しているのです。



私は彼らに少しでもいい思い出を持って旅
立ってほしいと思っています。野良暮らし
は大変だっただろうから、最期くらい人間
の愛を無条件で受け取って行ってほしい。
だから、死にゆく猫を連れ帰ることが無意
味、無駄だと思ったことはありません。


また私も、先が短いとわかっているからこそ連れて帰れるのです。多くの子は死期が近づかないと、うちには入れない。皮肉な話です。