生きる証とは?神秘的体験で考える。 | うつ抜けセラピストあにちゃんの麺ヘラ日記

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自分がホール空間と同化し

麻里さんの言の葉と共鳴した

おっさんは無神論者ですが

自分自身のいまこの瞬間を感じきるって

こういうことをいうのかも


神秘的な感覚は誰にでもあると思います。

誰もが生きた証を残せるようにしたいな。

そのときに、
富や名声のあるなしはあまり意味を持たない

生まれた瞬間から死向かっているからこそ

生命ある限り生き抜くだけ

特別な意味はなくていい。

どう生きるかは、どう死を受け止めるかでもある、

と、どういう訳か哲学的な思いが頭を過ぎった。


現代人はヒマを持て余しているのに、
忙しく疲弊している。

昭和の時代は貧しくてヒマもなく忙しかったのに、
精神的には豊かで余裕をもっていた気がする。

生きる証とは何でしょうか?


余裕をもてることと
ヒマをもてあますこと
似てるようで全然違うよな


誰かの犠牲のうえのヒマではなく、
誰もが余裕をもてることができるといいな。

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