今回は古代史でなく、隣国韓国の近現代史を考察しようと思う。 第二次世界大戦後 日本は戦前の行為に対する賠償を、完全かつ最終的な条約を交わし支払ってきた。 また1997年のアジア通貨危機の際も、韓国に援助を行った。 それにもかかわらず、韓国は反日教育を続け、日本との条約を国民に正確に告げず、賠償や援助が十分でないと言って二国間の条約を反故にした。 この国家間の条約は国内法に優先する国際法に悖り、国際世論は韓国の行為に疑問を呈している。
このような国際的な非常識を行う韓国の政治と、それを許容する国民について、その精神構造は一体何に起因しているのだろうか。 日本を含め海外において韓国の国民性についての色々な分析がなされている。 ここでは4つの項目に分類して論じよう。
① 人間関係の尊重 ー 身内や職場など限られた集団での人間関係を大切にする。 ただ自分が属する共同体以外の人間に対しては無関心、冷酷、ある場合には攻撃的になる。
② 序列意識 ー 家柄、学歴、職業、収入などでの上下関係を常に意識する。 人よりも上に立とうとする意向が強い。 そのために高学歴を得ようと猛烈な受験勉強を子供の強いる。
③ 被害者意識 ー 自分が不当に扱われていると考える。 トラブルに際し相手の非を主張し、自分は被害者だとする立場を取る。
④ 見栄っ張り ー 見た目にこだわる。 整形、ブランド、学歴など見栄にお金をかけ プライドを保とうとする。 したがって借金までして浪費し、多額の負債を抱える。
以上のような国民性は当事者である韓国民の自覚の有無にかかわらず、海外の部外者の一致するところであろう。 ではなぜこのような性向が形成されたのだろうか。 遺伝的な因子か文化や習慣に由来したのか。
これを検証するための都合の良いもう一つのサンプル群が存在する。 在日韓国人だ。 戦後日本に定住している韓国人は前述の4項目に当てはまる性向を持っているのだろうか。 彼らは日本社会に溶け込み、問題となるような行動は見られない。 彼らの営む 韓国料理店、食品・食材店には日本人も客として出入りしている。 彼らの子弟は日本の教育システムの下で教育を受けている。
在日韓国人が韓国内の人たちの性向を共有していないことから、韓国人の国民性が 生物学的、遺伝学的に由来するものではないことは明らかだ。 何が彼ら韓国民を前述したような、世界から呆れられる性向を持つに至ったのだろう。
政治的には民主制、経済的には資本主義、さらに文化的に共通する項目を除いていくと、たった一つ韓国が他の国と異なる事柄に行き当たる。 ハングル文字である。 韓国民が効率よく学習できる優れた文字体系と自慢するものである。 しかしこの文字の使用にあたり、とんでもない欠点、欠陥があることに、一部の学者や文化人は気づいているがほとんど無視されている。
ハングル文字の使用法の欠陥を考察する前に、ハングル文字の発明、発展の歴史を見よう。 この話の中には現代の韓国人が認めたくない事実も含まれているが、証拠のある話として述べたい。
ハングル文字は、李氏朝鮮の時代15世紀に識字率数パーセントの状態を改善するために、容易に学習できる文字として発明された。 しかし特権階級の人が使用していた漢字に対し、ハングル文字は民衆の使う卑字として扱われた。 またハングル文字による王朝批判があったことから、ハングル文字を禁止する時代もあった。
この時代にはハングル文字は国からの指導や関与を全く受けなかったので、地方による方言的な混乱が起きた。 それを整理、統一したのが1910年から統治が始まった日本である。 ハングル文字で書かれた教科書も実在している。 韓国人が言うところの日本統治時代はハングル文字は禁止されていたという話は全くの嘘なのだ。
実際、この教育により朝鮮半島での識字率は20%に上昇した。 この識字率はハングル文字だけでなく漢字を含むものである。 当時は日本と同じく漢字とハングル文字の併用文だった。 そうでないと本を読むことができないからだ。
戦後1948年にハングル専用法により、公用語はハングル文字を用いることになった。 ただ漢字の併用は認められていた。 その後1970年に漢字廃止宣言が出され、 学校教育から漢字は排除された。 この時点でも新聞や専門書の漢字使用は残っていた。
ところが1988年ハンギョレ新聞という全てハングル文字で書かれた新聞が発刊されるに及び、大手の他紙も追随して、韓国内には漢字は見られなくなった。 56年前に漢字教育を辞めたことにより、ほぼ全ての韓国人は漢字がわからず、古典の書物、専門書、過去の公文書を読めなくなった。
韓国人はハングル文字の習得が容易で効率的だとして自慢する一方、日本の国語教育が18歳まで漢字教育を行う非効率的な言語体系として嘲笑う言論があった。 しかしハングル文字 vs 3字種(ひらがな、カタカナ、漢字)言語の比較論において、ハングル文字には習得の効率というちっぽけな利点以上に非常に大きな欠点があった。 (後節に続く)