NHKの大河ドラマファンとして、今回の「豊臣兄弟」についてツッコミ処が満載だという話をしたい。
前回の「大河ドラマ」考の記事において、ホームドラマ化、脇役を主役に、ギャグ化など最近の大河ドラマの流れを概観したが、「豊臣兄弟」でもこの流れは変わらず、さらに時代考証無視という展開まで付け加わる。
タイトルコールに作家、脚本家、時代考証者がいるにもかかわらず、なぜこんなでたらめのドラマを制作したのか理解に苦しむ。 信長を中心とした寄合や軍議に秀吉の弟 羽柴秀長が顔を出している不思議。 秀長は秀吉の副官に過ぎず、信長から見れば陪臣になる。 このような者が軍議に顔を出す、まして意見を述べるなど時代的にはありえない。 いくらドラマの主役だとしても無理な設定と言える。 信長との会話は柴田勝家や丹羽長秀のような直臣のみができるはずだ。
またこれはひどいと思ったのは、浅井長政の切腹シーンである。 長政が一人で切腹して痛みに耐えている。 こんなことはあり得ない。 城主である長政には必ず近習の者が付き従っている。 この者たちの一人が介錯するのが当然の作法である。
もし1人で切腹する状況にあった場合、どのような切腹作法があるのか。 映画「日本の一番長い日」の1シーンを思い起こしたい。 終戦の勅語が発せられた後、三船敏郎の演じる阿南陸軍大臣が行った切腹行為である。 腹を掻っ捌き、刀を持つ右手を左手が支え、刀を首まで導き頸動脈を自ら切断するという壮絶な演技であった。
一人で切腹することはここまでの覚悟が必要なのだ。 腹に刀をさして痛みにウーンウーンと唸る武士など、みっともなくて見られたものではない。 さらに驚いたことに お市の方が介錯をしたことだ。 彼女にどれほど武芸の心得があったか知らないが、首の骨を断ち切ることは容易ではない。 未熟者が行えば一度で切断できないこともあったらしい。 女手によってそれが可能だったのかははなはだ疑問である。
このドラマが扱う歴史はとうとうと流れる大河ではない。 ちょろちょろと流れる渓流であり、所々にある堰堤による水たまりでホームドラマが演じられる「谷川ドラマ」なのだ。 このドラマから歴史を除いても普通の青春ドラマとなる。
若い兄弟がベンチャー企業を立ち上げる。 飲み屋で知り合った大企業の社長から頼まれた厄介な案件を解決することを繰り返し、大きな会社に成長させる。 長浜城という自社ビルを建てることができた。 優秀な社員が必要となり入社試験を行い、後に 幹部となる人材を得る。 これだと文句のつけようがない筋書きだ。
大河ドラマとして「豊臣兄弟」の制作が決まり、豊臣秀吉の弟の秀長が主役だと報じられた時、ある種の期待があった。 それは秀吉の表舞台での活躍の陰に、舞台裏で暗躍する弟の姿であった。 もちろん秀長の史実は少ないだろうから、いかにフィクションでありそうな行動を描くか楽しみであった。
しかし放送を見る限り、秀吉の史実を2で割って片方を秀長の功績として描いているにすぎない。 つまり「太閤記+1」ドラマなのだ。 それにホームドラマが加わる。 このようなドラマの進行に、名優たちも使い捨てにされている。 餅を喉に詰まらせて死んだことになった武田信玄役の高嶋政伸、功績を説明されないまま滅亡した朝倉義景役の鶴見慎吾、 武士のホームドラマに付き合わされた奥田瑛二など、もったいない話である。
文句ばかり書き連ねてもう見ないのかと言われると、ツッコミどころ満載のドラマを「そんなアホな」「ええ加減にしてや」と言うのを楽しみに見続けることになりそうだ。 実際、播磨出陣前に秀長が夫婦で酒を酌み交わしイチャイチャするシーンなんぞ、歴史ホームコメディ谷川ドラマの典型例だった。