これでやっと、半分の章が終わろうとしています。第五章はこの番外編で終了します。第五章は病気と入院の話でしたが、今回の番外編は必ずや「読むに値する」ものと思います。

 最後まで読んで頂いて、読まれた方がここは大事だと思う箇所は、暗記をして覚える等してみて、是非

ご自分の人生の中で、活かして頂きたいと思います。

     

 

     番外編「難病に打ち勝つ」法

 

 古希を前にして、病を一つ二つ持ち、その病が二つとも不治の病(難病)だろうが、単なる胃腸が弱いとか、血圧が少し高い程度の病気だろうが、病気は病気。病気になってから後悔したって仕方がない。

 「難病」つまり今の医学では治せない病気と深~い関係になってしまったら、次の様な心の持ちようで、普通の人と同じ様に一生を終わることが出来ると考え

渉が実行していることをお教えします。

 

 【1】「まず病気に関して正しい知識を持つ」

 今はスマホを使ってネットで調べようとすれば、読み切れない数のサイトがある。

何という病気かが判明したら、まず、医者と対等に話が出来る位、自分の病気を徹底的に調べ上げ、その病気と向き合う姿勢を作る事が大切だ。

 

 そして次に大事なのは、

 【2】「人格を良い方に向けて作り直す」。

 病気は黙っていても人の性格を変える。折角一生連れ添う病気と知り会ったのだから、今迄プライドが邪魔して頑固一徹で通して、積み重ねて来た〝人生の垢〟を思い切って擦り落とすチャンス。

 うちの人は病気になって、初めて私に「ありがとう」って言ってくれた。奥さんもこれに感動して、これからはきっと、親身になって色々と手を焼いてくれるはずである。

 

 逆に世の中とは皮肉なもので、性格の良かった人が病気を境に人生から転げ落ち、心が(すさ)んでしまうことがある。人生を終了する間際になって後悔しない為にどうしたら良いのだろうか。

 性格の良し悪しに関らず、癌や難病になって「余命宣告」でも受けたら、自暴自棄になって家族を巻き込んでしまう。これも仕方がない事だ。でもそうならない為の方法がある。

 個人差はあるが〝自分を見失っている間〟はどうしようもないが、余程「心」が歪んでしまう様な事がなければ、人はきっと良い方へ立ち直れるはずなのだ。

「心」が落ち着いて来たら、こう自問自答する事が出来ないだろうか。

「家族に辛い思いをさせ、

 そして友人が一人又一人と減っていく人生」を自分は、わざわざ選ぶのかと。

 

 齢を重ねてくれば、どんなに見た目が若く、元気な人でも、当然だが今まで出来ていたことが以前の様に出来なくなり、まして「難病」等という厄介なものを背負い込むと、歳以上に身体も動かなくなって、思い通りにならない事がどんどん増える。そうなってもハツラツと日々楽しく過ごすには、どうしたら良いのだろうか。

 

 【3】目標(=小さな夢)を持ち、毎日その達成の為に時間を割り当てる。

 それを成し遂げるという意気込みが感じられる人間でいられることに“幸せ”を感じることだ。

 まず初めにすることは、己の目標を仲の良い友人に発表して自身にプレッシャーを掛け、やらざるを得ない環境を作り、逃げも隠れも出来ない状況にして、良い意味で追い込むことが大切だ。

 最初は窮屈だが、目標の達成が見えてくると毎日が充実し、病気の事を良い意味で忘れさせてくれる。

 

 そしてもう一つ。日々の生活を送ろうとする中で重要なのは、

 

 【4】食事を楽しみにする、運動をする、知識を得る。

 つまり、〝(とし)老人(おいびと)の三種の神器〟をセットで実行するわけだ。まずは一番大事な「三度の食事」。言うなれば食べる事は、病気を意識出来る一番身近な行為だ。摂取すべき栄養素や摂ってはいけないものを区別する事もその一つ。

 

 例えば渉の場合「キャッスルマン病」という病気による食事での注意事項は、担当医曰く「飲酒は程々に」。 

 つまり、キャッスルマン病は血液とリンパの病気だから当然アルコールは身体に入ると、血管やリンパ管に入ります。酔いがさめると体が冷えます。うたた寝

をすると、三回に一回くらいの割合で翌朝、熱発してしまうのです。

 また、取り込まなければいけない栄養素は、カルシウムとタンパク質です。肉や骨付きの魚の缶詰や、小

魚の佃煮、大豆小豆製品の摂取。その他にも血圧が高いので酢の物、塩分を尿と一緒に体外に排泄させる作用のあるカリウムを多く含んだ食べ物、例えば海藻類を多く摂る事や、タンパク質は運動後、30分以内に摂取すると効率良く体内に取り込めると云う事は、三つ目の「知識を得る」事に付随します。

 

 渉は、定年退職をして現在〝年金生活者〟。若い人や中年の方には【4】はちょっと違う様な気がするが基本は同じ。仕事をする上で必要な資格を取るという事が知識を得る事に繋がる。

 そして、食事が楽しみという人は健康な方が多い。やはり食べる事は年齢に関係なく、健康で長生きする秘訣だ。糖尿病や内臓の病気は食事制限が多いから、食べたくても食べられないということは有るが、それでも当たり前のことだが、年齢に関係なく毎日きちんと運動して、お腹を空かす事は大事な〝健康に生きる為の最大の要素〟だと思う。

 運動が出来る病気なら、年齢に応じた運動は日々欠かさない方が良い。腹を減らす為に運動をするなんて馬鹿々々しい。だったら余り動かないで食事も少しの方が効率的と考えている人、それは大間違いなのです。‶立つのが面倒だから、座らない〟という‶横着〟(=屁理屈)と同じだ。

 病気で有る無しに関らず老若男女に「横着」は一番の大敵である。性格的に自分は「横着者」だと感じている人は、まずそれ自体を改めないと「余命一年」が「半年」に成り兼ねない。

 腹を減らす為だけに運動するというなら、渉だって運動は遠慮します。だってそりゃそうでしょう。わざわざ時間を割いて運動をして、腹を減らす行為をするんなら、いっそのこと、食べる量をコントロールして、運動をしない方が理に叶っていると誰しもがそう考えてもおかしくない。

 しかし、それは大きな間違いであり、人生の最終章を自ら詰まらないものにしていると断言しましょう。

 なぜ(くど)い位、申し上げるのか? 

 それは、 寝たきりや車椅子生活になるのを一日でも遅くらせるための運動となるからなのです。歳を取って動くことが出来るにも拘らず、運動しないというのは、「人生最大の過失」と心得るべし。

 病院でお医者さんに、「少しでも運動していれば、ここまで酷くはならなかった」と云われて、「壊疽」した右足首を切断された人を渉は見て知っています。

だから、声を大にして言いたいのである。

 努力を重ねられる人だけが、難病と共生できる〝新たな命〝を授かるのです。動かなくなりそうな車だってパーツを交換する事で、また走れるようになるのと同じで、考え方を変える(パーツを交換する)事でまた動けるように必ずなるのです。

 

 渉は、身近な家族からも、難病を抱えているようには見て貰えません。自分で全てが出来る状態だからです。そして悲壮感もまったくありません。正直、今が七十年やってきた人生の中で、一番充実しています。

 時間に追われ、まだやりたいことが幾つもあって、それを達成するまでは自分が死ぬという事を、ゆっくり感じている暇もないからです。

 

 脳を使って常に活性化をしていないと「認知症」になりますよ。なんて、そんな野暮な話ではなく、‶知りたいと思う意欲〟が日々の生活を充実させてくれるのです。知る事に対する意欲を持ち続け、覚えたいとい う気持ちがあれば、決して認知症などにはならない。

 

 九十六歳で亡くなった僕の奥さんの父方のお婆ちゃんは、毎日午前中、新聞を隅から隅まで読むのが日課でした。僕が奥さんの実家へ行くと「ほうかよ。日家さんも元気で何よりだなあ」と言って、歓迎してくれました。

 身体は腰の部分から九十度に折れ曲がり、外を歩くときは手押し車でしか歩けない人でしたが、びっくりすると九十度に曲がっていた腰がニョキッと百八十度近くまで伸びるのを見て、

 (何だ婆ちゃん、腰伸びるじゃないか)と思ったが、渉が今、そこまで酷くないにしても、同じ状態になって分かる、腰が曲がった"歩きにくさ"を体感しているのである。

 しかし、歩きにくさと知りたいと思う興味とは全く別物であり、以前婆ちゃんに聞いたことがあった。

「ばあちゃんは、95歳になって、なぜ新聞を読んでいるの」と。すると、婆ちゃんは

「わたしゃ、農家に生まれ、農家に嫁いできた。女が勉強なんかせんで良いと云われ、悔しくて

のう」と話してくれた後に、

「何で、女が勉強したらいかんねん。

 おれは勉強する事が好きだったけん、

 勉強しとったら、

 何でもかんでも知りとうなってのう

 図鑑や辞書を買ってくれと親に頼んでも、

 そうしたことでも文句を云われ、悔しかったのを

 忘れやせん」と云って、

険しい眼をしたのを、渉は今でも「事あるごと」に思い出す。

 

 つまり、人は死ぬまで「知りたい気持ちを持って実際に勉強していれば」絶対に認知症にはならない。死の間際まで「知識欲」があれば、自分がどこでなにをしているのかを最期まで分かっている人生を送れるはずである。

 

 そして渉は、病気と対等に向き合い、対話も出来る余裕も持つ事が出来た。ここ迄になれた一番大きな理由は「齢を重ねて来た」事だ。

 若い時は「死ぬ」のが怖くて、めまいがしてまっすぐ歩けなかった時などは、「脳腫瘍」や「頭の病気」を疑い、家にあった百科事典で病気のことを調べて、ああでもないこうでもないと、一人悩んで食事も満足に摂れない位、精神的ダメージに脅かされていた事が始終あった。

 病気に対しては非常にナーバスで、且つネガティブな性格だった。でも歳を取ると自分を突き放して客観的に見る事ができるようになり、自分で病気を作るのではなく自分で病気を発見できるようになる程、心に余裕が出来る。

 若い時だったら、自分の身体が徐々に病に(むしば)まれ 「完全製」を失っていく事に耐えられなかったはずだが、今は面白半分に自分の身体を頭から足先まで幾つの病気があるのだろうと勘定する余裕すらあるのだ。実際勘定した結果がこれだ。

 脳=PKS病(=難病指定。これは十章で詳しくお話         します)

 目=ド近眼・老人性白内障

 口=どもり(これは病気というより癖ではあるが)

 喉=老人性委縮咽頭・誤嚥

 腰=極度の腰痛

   内臓=膀胱(頻尿)

 血管&リンパ腺=キャッスルマン病(難病指定)

                           高血圧・動脈瘤

 下肢=静脈瘤・浮腫

 顔を除く全身=蕁麻疹

これだけでも14種類ある。足の水虫や、万年咳等は入れてない。「どうだ凄いだろう」と自慢できる「病気のデパート」だが、目に見えるものは蕁麻疹ぐらいだ。この歳になれば、身体にガタが来るのは当たり前。人の身体と建物の構造はよく似ている。新しい内は良いが、家も30年も経つと手入れをしていても劣化が起こる。

家であれば、建て直しが可能だが、人間の場合は「自然治癒」という事がある代わりに、「建て直し」は今のところは出来ない。

がしかし、将来的にはiPS細胞が損傷した人体を蘇らせる事になるかも知れない。でも現状は、今の状態を維持しながら悪くなった部分を治したり、補強したり、交換したりすることで何とか乗り切っている状況である。

だから、建物には無い「気持ち」の持ち様で凌いでいくのが一番良いのだ。一言で言うならば「ケセラセラ」。つまり「Don‘t Think Twice(くよくよするな)」なのである。起きてしまったことを後悔するより、これからどうやって生きて行けば良いのかを考えよう。と云う事なのである。

 もういいじゃないか。七十年も生きて来たんだから、何がそんなに不服なのかい。子供も立派に育ってくれて、孫の顔も見られたんだから。

 

そうして最後に、

「日々、感謝をして一日を終わりにする事」が心穏やかに暮らす「秘訣」だと思う。

「今日も、無事一日が終わりました」

「ありがとうございました」と手を合わせ、無宗教者は、ご先祖に、或いは自分の心の中にいる神様に「お礼」を云うことを日課にして行けば、さらに穏やかに日々が過ぎて行く。

 

 

今日も最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。

次回は今週に21日(金)です。

どうぞ宜しくお願い致します。