『創作落語「マルゲリータ」』

【登場人物】10名(不問1~10名)

 語り・社員A・社員B・セガール・ラファエラ・ローザ・トラボルタ・使いの男・門番・王妃の全10役
 複数人で演じる場合は、兼ね役はご自由に。
 

【ジャンル】創作落語
【上演時間】約30分


【あらすじ】
 ピッツァ・マルゲリータの誕生秘話。(諸説あり)

 

【本編】


語り: 皆さん、スーパーマリオブラザーズって知ってます?

語り: そりゃご存知ですよね。あのスーパーマリオが最近映画になったそうでして。実写のほうじゃないですよ。あれは酷い映画でした。そうじゃなくて、なんでも、怪盗グルーやミニオンズを作ってるイルミネーションという3Dアニメの会社が任天堂と手を組んで製作しまして、その3Dアニメの映画が世界中で大ヒットしてるってんですから、こりゃあ、たいしたものです。

語り: このスーパーマリオブラザーズが作られたのが1985年。それから、スーパーマリオブラザーズ2、スーパーマリオブラザーズ3、スーパーマリオランド、スーパーマリオワールド、スーパーマリオサンシャイン、スーパーマリオギャラクシー、スーパーマリオ3Dランド、スーパーマリオ3Dワールド、スーパーマリオオデッセイなんてタイトルでほぼ毎年スーパーマリオのゲームが発売されているわけです。

語り: 2匹目のドジョウどころか、ドジョウは何匹いるんでしょうな。

語り: で、皆さんご存知、あの赤い帽子にヒゲを生やしたキャラクター、マリオなんですが、このマリオが最初にゲームに登場したのは、スーパーマリオじゃなかったって話はご存知でしょうか。

語り: 実はマリオが初登場したのはファミコンが生まれる2年前。ゲームセンター用のゲームとして開発されたドンキーコングなんですね。

語り: 当時、任天堂は倒産の危機を迎えていました。レーダースコープってゲーム機を作ってアメリカに乗り込んだんですが全く売れず、シアトルで借りた倉庫には、売れないゲーム機が山積みになって埃をかぶっていました。当然倉庫の家賃も払えません。そんなある日、倉庫のオーナーのミスター・セガールが家賃の催促に来ました。

ドアをノックする音。

社員A:あ、誰か来た。きっとあれだよ。またセガールさんが家賃払えって言いに来たんだ。うるさくてかなわないねぇ、まったく。こっちは新作のゲーム作ってんだから、ちょっとは静かにしてくれってんだ。おい、お前、なんとか上手く言って追い返してくれ。

社員B:俺かい? なんて言えばいいんだよ。

社員A:適当におだてて気分をよくしてやるんだよ。そういうの得意だろ、お前。

社員B:ああ、よし、わかった。なんとかやってみるよ。

語り: ドアを開けると怒り心頭のオーナーが立っていました。

セガール:任天堂さん、今日という今日は払っていただきますよ。

社員B:セガールさん。会いたかったセガールさん。ちょうど今、セガールさんの話をしていたところなんですよ。な、そうだよな。

社員A:うん、そうそう。

社員B:セガールさんはなんて素晴らしいオーナーなんだ。こんなオーナーに出会えて俺たちは幸せ者だって。な、そうだよな。

社員A:うん、そうそう。

社員B:だってそうでしょう。こんなに素晴らしくて快適な倉庫を手頃な家賃で貸してくれただけじゃなく、何か困ったことはないかといつも気を配っていただいて。しかもセガールさん、服のセンスが最高だ。いつもかぶってる赤い帽子との着こなしが絶妙なんです。ぜひ参考にしたいって、ちょうど今、話してたんですよ。

セガール:そ、そうかい?

社員B:そしてなによりもカッコいいのが手入れされたそのヒゲです。ダンディって言葉はセガールさんのために作られたと言っても過言ではありません。

セガール:あ、そうかい?

社員B:そんな尊敬する我らのセガールさんに、今日は一つお願いがあるんです。

セガール:なんだい?

社員B:実はね。セガールさんに、開発中のゲームの主人公のモデルになってほしいんです。

セガール:私がゲームのモデルに?

社員B:赤い帽子をかぶったキャラです。名前はマリオ・セガール。想像してみてください。世界中の人たちがセガールさんのゲームをするんです。

セガール:私のゲームを。

社員B:お願いします。素晴らしいオーナーのセガールさん。どうかモデルになってくれませんか。

セガール:(上機嫌)そこまで言われちゃ、しょうがないねぇ。

社員B:ありがとうございます。で、今日はどんなご用件で。

セガール:ああ、いや、たいしたことはないんだ。また来るよ。

社員B:あ、そうですか。それじゃまた。(見送って、ホッとため息)

社員A:帰った?

社員B:帰った。スキップしながら帰っていったよ。

社員A:お前、すごいね。

社員B:褒めてみるもんだね。上手くいったよ。

社員A:だろ。おーい、作ってるキャラに赤い帽子かぶせてといてくれ。



語り: これがマリオが誕生した瞬間でした。それから約十年後、スーパーマリオブラザーズが世界中でヒットした時、マリオのモデルとなったミスター・セガールはこう語ったそうです。



セガール:任天堂から小切手が届くのを待っているよ。



語り: もちろん冗談ですが、半分本気だったのかもしれませんね。



語り: さて。とっさにつけた名前が有名になって世界中に知れ渡るってのは、昔にも似たような話がございまして。



ローザ:あんた、起きて。

ラファエラ:(寝ぼけて)あん、なんだよぉ。

ローザ:そろそろ窯に火を入れる時間だよ。

ラファエラ:かまぁ?

ローザ:ラファエラ、起きて。

ラファエラ:あん?

ローザ:ラファエラ、起きなさい。

ラファエラ:(驚いて起きる)ラ、ラファエラ? 俺の名前はラファエラなのかい?

ローザ:なに言ってんのさ。生まれた時からあんたの名前はラファエラだろ。

ラファエラ:日本人じゃないの?

ローザ:日本人なわけあるかい。あんた、生まれも育ちもナポリだろ。

ラファエラ:ああ、そうだった。俺の名前はラファエラ。生粋のナポリっ子でい。てやんでい、べらぼうめ。(慎重に確認)つまり、この噺はイタリアの噺で、俺はイタリア語を喋ってるってことでいいんだよな?

ローザ:そうよ。誰が聴いてもイタリア語だよ。いつまで寝ぼけてんだい、まったく。

ラファエラ:すまねぇな。ようやく頭がスッキリしてきた。よし、そろそろ起きねぇとな。

ローザ:しっかりしとくれよ。今日も忙しくなるだろうから。

ラファエラ:昨日、忙しかったのはたまたまだろ。

ローザ:そう思う?

ラファエラ:え?

ローザ:ホントにそう思う?

ラファエラ:なんだよ、思わせぶりな言い方しやがって。

ローザ:たまたまじゃないの。

ラファエラ:そりゃいったい、どういうことだい。

ローザ:あんた、タベログって知ってる?

ラファエラ:タベログ? この時代にはインターネットがあるのかい?

ローザ:今は西暦1889年だよ。インターネットがあるわけないじゃないか。

ラファエラ:そうだよな。

ローザ:Taveruna Romantico Gusto(タベルナ・ロマンティコ・グスト)。素敵で美味しい大衆食堂って言葉を略してタベログ。お店の口コミを集めて、それを本にして売ってるのよ。

ラファエラ:そのタベログってのがどうかしたのかい。

ローザ:最新号のナポリで美味しいピザ屋ランキング1位が、なんとうちの店、ブランディなんだよ。それが評判になって昨日からお客が増えているのさ。

ラファエラ:へええ。そんなことになってたのか。知らなかった。1位ってことは、大勢の客が俺の焼いたピザを美味いって評価してくれたわけだろ。嬉しいねぇ。誰が投票してくれたんだろうなぁ。

ローザ:私。

ラファエラ:お前が?

ローザ:だけ。

ラファエラ:だけ?

ローザ:私だけ。投票したの。

ラファエラ:待て待て。お前だけが投票しても1位にはならないだろ。

ローザ:だから、筆跡を変えて、名前を変えて、いくつもいくつもうちの店に投票したのよ。

ラファエラ:おいおい、そりゃ、インチキじゃねぇか。

ローザ:インチキなもんかい。本当のことを書いただけよ。あんたが焼いたピザはナポリで一番美味い。ブランディはナポリの宝。そして一緒に働く美しい妻。美人の隣で食べるピザはまさに天国の味。

ラファエラ:不安だなぁ。そんなことして、バレたらどうするんだよ。

ローザ:バレるわけないじゃない。全部本当のことなんだから。それともなにかい。あんた、自分が焼いたピザに自信がないのかい。

ラファエラ:あるよ。あるに決まってんだろ。俺の焼いたピザはナポリで一番だ。それはわかってる。不安なのはそこじゃねぇ。

ローザ:どこよ。

ラファエラ:お前だよ。

ローザ:私?

ラファエラ:一緒に働く美しい妻ってのはどこにいるんだ。

ローザ:ここにいるだろ。あんたの目の前に。

ラファエラ:どこに。

ローザ:ここに。

ラファエラ:・・・。

ローザ:(強く)ここにいるだろ。

ラファエラ:(負けて)いるな。うん。いたわ。確かにその通りだ。お前は美人だよ。

ローザ:だろ。

ラファエラ:そんなお前と一緒になれた俺はナポリで一番の幸せ者だ。

ローザ:だろ。

ラファエラ:さぁて、忙しくなるってんなら、そろそろ窯に火を入れて、店を開ける準備をしないとなぁ。



語り: そんなわけで、ラファエラの店、ブランディが開店します。タベログの口コミの効果というのは偉大ですな。開店から客足が途絶えず、店は大繁盛。ラファエラの料理の腕は確かでしたし、店が繁盛してるのが嬉しくて笑顔で接客する妻も、見ようによっては美人に見える人もいたかもしれません。いや、一生懸命に働く女性というのは美しく見えるものでございます。



ローザ:あんた、トラさんが来てるわよ。

ラファエラ:トラさん? 寅さん?

ローザ:あんたの親友のトラボルタよ。

ラファエラ:ああ、そうか。トラボルタね。(呟く)自分がイタリア人だってこと忘れそうになるんだよなぁ。(陽気に)Grazie per essere venuto!(グラーツィエ ペル エッセーレ ヴェヌート!)いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ。(訳:来てくれてありがとう)

トラボルタ:よう、ラファエラ。大繁盛じゃないか。

ラファエラ:まあな。妻のおかげで、このとおりさ。

トラボルタ:タベログで1位なんだろ。すごいじゃないか。

ラファエラ:(気まずい)あぁ、まあね。

トラボルタ:お前の焼いたピザが美味いってことは俺が一番よく知ってる。嬉しいよ。

ラファエラ:ひょっとして、お前も投票してくれたのかい?

トラボルタ:いや、してねぇ。俺が投票してねぇのに1位だってんだから、お前のファンはナポリに沢山いるってことだよなぁ。

ラファエラ:そ、そうだな。あははは。

トラボルタ:でも一つだけ気になることがあるんだよ。

ラファエラ:気になる?

トラボルタ:美人の妻がいるって話だよ。お前さんには悪いが、あれのどこをどう見たら・・・。

ローザ:(怒り)私がなんだって? よく聞こえなかったからもう一度言ってちょうだい。

トラボルタ:(驚いて)おおっと。いやぁ、ラファエラは美人の奥さんがいて羨ましいなぁって言ってたんだ。

ローザ:だろ。

トラボルタ:ラファエラと一緒になってなきゃ、俺が口説いてたところだよ。

ラファエラ:おいおい。何を言ってるんだ。

トラボルタ:冗談だよ。それくらい魅力的だってことさ。



語り: そんなことがありつつも、ようやく閉店時間に近づいた頃、一人の男が店にやってきました。



使いの男:すまない。一つ尋ねたいのだが、よろしいか。

ローザ:いらっしゃい。どういったご用件で。

使いの男:この店にラファエラ・エスポジトというピザ職人がいると聞いたのだが。うむ。どうやら店を間違えたらしい。

ローザ:ラファエラならここにいますよ。

ラファエラ:ああ、はい。俺がラファエラです。

使いの男:えっ、あなたが。ではこの店で合っていたのか。いや、美人の妻がいると聞いていたので、ここではないのかと思ってしまった。

ローザ:そりゃどういう意味だい?

使いの男:いやいや。ああ、噂に違わずお美しい。こんなに魅力的な女性に私は初めて出会いました。

ローザ:だろ。

使いの男:私が結婚していなければプロポーズしていたでしょう。

ラファエラ:おいおい。何を言ってるんだ。

使いの男:すまない。冗談だ。ラファエラ、実はあなたにお願いがあって参った。

ラファエラ:俺に?

使いの男:今、この街のカポディモンテ宮殿

にイタリアの王妃様がご来訪されているのはご存知か?

ラファエラ:王妃様がこのナポリにいるんですかい。そりゃ知らなかった。で、それが何だってんです。

使いの男:王妃様はピザが大好きでな。そなたが焼いたピザを召し上がりたいと仰せになっておる。

ラファエラ:王妃様が俺のピザを?

使いの男:なんでも、そなたはタベログで1位のピザ職人なのであろう。ナポリで一番だそうではないか。

ラファエラ:王妃様がタベログを見たの? ホントに? 影響力、すごすぎない?

使いの男:王妃様はそなたの焼いたピザが食べたくて仕方がないそうだ。

ラファエラ:タベログを信じすぎるのもどうかと思いますよ。

使いの男:どういう意味ですかな。

ラファエラ:だってあれに投票したのは・・・。

ローザ:(遮って)あんた! すごい話じゃないか! あんたのピザを王妃様が召し上がってくれるんだよ。こんな名誉なことが他にあるかい。

使いの男:では、引き受けてくれますかな。

ローザ:もちろんです。ぜひ、作らせてくださいまし。

使いの男:それはよかった。では、明日の朝、宮殿までピザを届けてくれ。頼んだぞ。

ラファエラ:はい。かしこまりました。



語り: 使いの男が帰った後、ラファエラは腕を組んで考えます。



ラファエラ:うーん。

ローザ:あんた、やったじゃないか。これはうちの店を有名にするチャンスだよ。

ラファエラ:そうは言ってもなぁ。まさか王妃様がタベログ見てるとは思わなかった。本気にするなんて、どうかしてる。

ローザ:書いてあることを本当にすればいいのさ。王妃様が美味しいって言ってくれれば、あんたのピザは名実ともにナポリで一番になれるんだよ。

ラファエラ:王妃様に献上するピザかぁ。どんなピザがいいんだろうなぁ。

ローザ:そりゃもう、豪華にカニとかエビとかたくさん乗せて、肉と野菜も盛り盛りで、チーズもたっぷり乗せて、見たこともないような凄いピザを作ればいいのさ。

ラファエラ:そうか。よし、さっそく作ってみよう。



語り: その日はそこで店を閉めて、王妃様に献上するピザをあれやこれやと考え、何枚もピザを焼き上げます。夜遅くまで続けるうちに、試食をしていた妻が満腹になり、助けを呼びました。



トラボルタ:おーい、手伝いにきたぜ。

ラファエラ:トラボルタ、助かるよ。沢山焼いたんだ。試食して感想を言ってくれないか。

トラボルタ:おう任せとけ。おっ、こりゃすごいね。耳の部分にチーズが入ってる。斬新だな。(ピザを食べて)うまい。

ラファエラ:そうかい?

トラボルタ:こっちはツナマヨコーンか。これは鉄板だよ。(食べて)これもうまい。

ラファエラ:そうかい?

トラボルタ:トマトソースに唐辛子を混ぜたピリ辛ピザか。(食べて)美味い。これは食べだしたら止まらないね。

ラファエラ:そうかい?

トラボルタ:うおお、こっちはチーズにブラックペッパー。シンプルながらも間違いない。(食べて)うん。美味い。これは優勝だよ。

ラファエラ:そうかい?



語り: トラボルタはテーブルにならんだ新作のピザを次々に口に運びました。



トラボルタ:ああ、食った食った。ただで食べるピザほど美味いもんはないね。

ラファエラ:で、どれが美味しかった?

トラボルタ:そうだなぁ。王妃様に食べてもらうんだろ。だとすると・・・何かが足りない気がするな。

ラファエラ:それはいったいなんだ。教えてくれ。

トラボルタ:(考えて)・・・わかんねぇ。

ラファエラ:わかんねぇのかよ! あれだけたくさん食って出た答えがわかんねぇだと! トラボルタ、お前は何をしにここに来たんだ!

トラボルタ:うるせぇ! わからねぇもんはわからねぇんだよ! 王妃様が喜ぶピザが俺にわかるわけねぇだろうが! そんなこともわかんねぇのか!

ラファエラ:なんだと、この野郎!(襟首を掴む)

トラボルタ:(襟首を捕まれながら、ラファエラの襟首を掴む)うぐぐ、お前が中途半端なピザを作るのがダメなんだろうが!

ラファエラ:うぐぐ。中途半端? お前、俺のピザが一番美味いって言ってただろうが! それは嘘だったのかよ!

トラボルタ:うぐぐ。嘘じゃねぇ! 俺はお前のピザがナポリで一番美味いと思ってる!

ラファエラ:うぐぐ。だったらなんでそんなこと言うんだ!

トラボルタ:うぐぐ。お前が王妃様に合わせて作ってるのがダメなんだ! お前が一番美味いと思う、お前だけのピザを作れって言ってるんだ!

ラファエラ:(ハッとして手を離し、荒い息を繰り返す)俺だけの、ピザ・・・。

トラボルタ:(荒い息を繰り返して)そうだ。お前だけのピザ。ピッツァ・ラファエラを作ってくれ。俺はそれが食いたい。

ラファエラ:ピッツァ・ラファエラ・・・。

トラボルタ:料理人は、これだという料理が出来た時に自分の名前をつけるって話、聞いたことはないか。

ラファエラ:ああ、知ってる。そうだな。俺はピッツァ・ラファエラを作る。そしてそれを王妃様に食べてもらうんだ! やってやるぞ!

トラボルタ:そうだ、ラファエラ! お前ならできる!



語り: (落ち着いて)深夜テンションって言うんですかねぇ。二人ともなんだかよくわからないんですが、わああっと盛り上がっちゃって。そこからラファエラは何枚もピザを焼いて、それをトラボルタが食べて感想を言う。ようやく納得のいくピザが完成した時には朝になっていました。



トラボルタ:(感動)ラファエラ、完璧だ。生地は薄くてサクサク。濃厚なトマトソースのほどよい酸味。チーズの絶妙なコク。新鮮な野菜と魚のハーモニー。一口食べると、口の中に広がる至高の味わい。このピザは、ピッツァ・ラファエラは間違いなくナポリで一番、いや、イタリアで一番美味いピザだ。

ラファエラ:(感動)ありがとう、トラボルタ。完成させることができたのは、お前のおかげだ。

トラボルタ:(泣いて)ラファエラ・・・。

ラファエラ:(泣いて)トラボルタ・・・。



語り: (冷静に)泣きながら抱き合う二人。深夜テンションが朝まで続くとこうなりますな。そこへ、疲れて眠っていた妻が目を覚ましてやってきます。



ローザ:え、なにこれ、どういう状況?

ラファエラ:聞いてくれ。王妃様に献上するピザが完成したんだ。

ローザ:それはよかったわね。で、なんで抱き合ってるの?

ラファエラ:(我に返って)うお、気持ち悪い。いつまでくっついてんだ、離れろよ。

トラボルタ:(離れて)おおっと、すまねぇ。つい盛り上がっちまった。

ローザ:まあいいわ。完成したんなら、さっそくもう一枚焼き上げて、宮殿に持っていきましょう。

ラファエラ:そうだな。よし、少し待ってろ。(叫ぶ)あああああ!!

ローザ:どうしたんだい?

ラファエラ:もう具材が残ってねぇ。

ローザ:はああ? なにやってんのさ!

ラファエラ:うっかり使いすぎちまった。どうすりゃいいんだ。トラボルタ、なんとかならねぇか。

トラボルタ:なんとかって、こんな時間に市場はやってねぇだろうし。市場が開くまで待つしかねぇだろ。

ラファエラ:それじゃダメなんだよ。朝、宮殿にお持ちしますって約束したんだ。

トラボルタ:じゃあ残ってる材料でなんとかするしかねぇな。

ラファエラ:残ってる材料・・・。

ローザ:何が残ってるんだい?

ラファエラ:生地は問題ねぇ。たくさんある。あとはトマトソース。これも大丈夫だ。

ローザ:あとは?

ラファエラ:それだけ。

ローザ:それだけ? それだけでどうするのよ。チーズは残ってないのかい?

ラファエラ:残ってねぇ。

トラボルタ:うちにモッツァレラチーズがある。急いで持ってくるよ。



語り: 苦渋の決断です。ラファエラはさきほど完成したピッツァ・ラファエラを作るのを諦め、生地を伸ばし、トマトソースを塗りました。それからトラボルタが家から持ってきたモッツァレラチーズをトッピングして窯に入れる。数分後、ピザが焼き上がりました。そのピザを見て、三人が言葉を失います。トマトソースとチーズだけのシンプルなピザです。


ローザ:これを本当に王妃様に献上するのかい?

トラボルタ:こんなピザを王妃様が見たら激怒するぞ。ひょっとしたらラファエラ、お前さん、殺されちまうんじゃねぇのか。

ラファエラ:そうかな。そうかもしれねぇな。これはあまりに寂しすぎる。なにか他に乗せるもんはないのか。

ローザ:庭で育ってるバジルの葉っぱはどうだい?

ラファエラ:それだ。すぐに持ってきてくれ。



語り: ラファエラは妻が持ってきたバジルの葉をピザの上に数枚乗せて、なんとかこれで誤魔化すしかないと、そのピザを持って宮殿に向かいます。



ラファエラ:失礼いたします。ブランディという店から来ました、ラファエラ・エスポジトと申します。

門番:おお、聞いておるぞ。お前がナポリ一番のピザ職人か。カゴの中から良い香りが漂っておる。香りだけでも美味いのがわかるぞ。

ラファエラ:そ、そうですか。あ、ありがとうございます。

門番:さ、王妃様が首を長くしてお待ちだ。案内するぞ。こちらへ参れ。

ラファエラ:へい。(深呼吸して小声で)殺されませんように。殺されませんように。殺されませんように。



語り: 一方、王妃のほうはと言えば、ナポリで一番のピザ職人の作ったピザを食べられると聞いて、期待値が限界まで高まっております。



王妃:楽しみじゃのう、楽しみじゃのう、楽しみじゃのう。どんなピザじゃろうな。チーズがびよーんと伸びるんじゃろうな。やっぱり地中海で獲れた魚は外せんじゃろうな。いや、やっぱり肉かのう。野菜は何が乗っておるんじゃろうな。



語り: カゴにピザを入れたラファエラが広間へと通されました。



王妃:そなたがラファエラか。待っておったぞ。早くそのピザを持ってまいれ。

ラファエラ:はい。(カゴからピザを取り出す)こちらにございます。

王妃:(嬉しい)おお・・・(戸惑い)おおお?



語り: 王妃が首をひねります。それはそうでしょうな。どんなすごいピザが出てくるのかと期待していたのに、出てきたのはトマトソースにチーズとバジルが乗っただけのシンプルなピザだったわけですから。



ラファエラ:(小声で)やっぱりダメかぁ。

王妃:(考える)あー・・・んん?



語り: これが本当にナポリで一番のピザなのか? 王妃は助けを求めるようにラファエラを見ますが、肝心のラファエラは沈黙に耐えきれずに目を閉じてブルブルと震えております。



ラファエラ:もうダメだ。終わった。



語り: 困った王妃は広間の壁に目を向ける。するとそこに飾られていたイタリアの国旗が目に止まりました。



王妃:なるほど、そうか。

ラファエラ:え?

王妃:さすがはナポリで一番のピザ職人、その言葉に偽りはないのう。

ラファエラ:・・・は?

王妃:素晴らしいアイディアじゃ。トマトの赤、モッツァレラチーズの白、バジルの緑、これはイタリアの国旗と同じ色。愛国心の象徴じゃ。妾にふさわしいピザはこれをおいて他にない。ラファエラ、このピザはそういう意味なのじゃな?

ラファエラ:(戸惑いから理解への長い間)・・・その通りでございます。さすがは王妃様。ご聡明であらせられる。浅はかな考えなど、すぐにお見通しでございますな。

王妃:うん。やはりそうか。して、ラファエラ、このピザの名はなんという?

ラファエラ:え? ピザの名前ですか。

王妃:そうじゃ。

ラファエラ:それはもちろん・・・。



語り: 残った材料で作ったピザに名前なんてありません。ふと思い浮かんだのは、料理人がこれだと思う料理が出来た時は自分の名前をつけるということ。しかしこれはピッツァ・ラファエラではない。このピザにつける名前は、王妃様の名前がふさわしい。ラファエラは一瞬でそう考えました。


ラファエラ:それはもちろん、ピッツァ・マルゲリータでございます。



語り: これがピッツァ・マルゲリータが誕生した瞬間でした。ちなみに、「ピザの日」と呼ばれる11月20日は、この王妃、マルゲリータ・マリーア・テレーザ・ジョヴァンナの誕生日が由来となっています。

語り: そして、ラファエラの店、ブランディは今でもナポリで営業を続けていて、そこには王妃から頂いた感謝の手紙が飾られているそうでございます。

語り: ただし、こんな話が本当にあったかどうか、そしてラファエラの妻が本当に美人だったのかどうか。それは、諸説あります。

語り: ピッツァ・マルゲリータ誕生のお噺でございました。

おしまい。