『究極に可愛くておバカな妹』
【登場人物】2名(女2)
ななみ:天才でおバカな妹
優希:人妻で妊婦な姉
【ジャンル】コメディ
【上演時間】15分
【あらすじ】
恋する妹はちょっと頭おかしい。
【本編】
優希の家
ななみ:ありがと。姉さん、お茶くらい私が入れるのに。
優希:お客さんなんだから気にしないで。
ななみ:妊婦に働かせたらお義兄さんに怒られそう。
優希:気にしなくていいから。今は安定期だから軽度の運動も大切なんだって。
ななみ:ふーん。散歩とか行くの?
優希:近所に買い物行くくらいだけどね。
ななみ:料理は?
優希:してるよ。あの人、いつも帰り遅いから。ななみは?
ななみ:料理? してるよ。たまに。
優希:偉い偉い。仕事ばっかりしてたあんたがお料理するようになるとはね。
ななみ:姉さんだって結婚する前はほとんどしてなかったでしょ。
優希:そう言われればそうか。
ななみ:ねぇ、お腹に赤ちゃんがいるってどんな感じ?
優希:面白いよ。自分の中に私じゃない人間が入ってるって思うとなんか不思議。
ななみ:動いたりするの?
優希:するよ。たまにトントンってお腹を押される。私の体なのに私の思い通りに動いてくれないの。1つの体を2人で操ってるみたい。
ななみ:共同操作ね。
優希:共同っていうより、私の体は赤ちゃんを成長させるためだけの器なんじゃないかって思う時があるのよね。そこに私の意思はなくて、赤ちゃんが自分自身を成長させるために私を操ってるみたいな。
ななみ:うわ。まるでハリガネムシね。
優希:ハリガネムシ?
ななみ:カマキリの体を操って川や池に飛び込ませる寄生虫よ。宿主であるカマキリの光を感じる仕組みを操作して体を操るの。
優希:ちょっと。私の可愛い赤ちゃんと寄生虫を一緒にしないで。
ななみ:似てるって言っただけよ。それに、まだ生まれてもないんだから可愛いかどうかはわからないでしょ。
優希:あのね、母親にとってお腹にいる赤ちゃんは生まれる前から超絶可愛いの。そういうもんなの。
ななみ:そういうもん?
優希:ななみも妊娠したらわかるわよ。最近、日野富子(ひのとみこ)の気持ちがわかるようになってきたのよね。
ななみ:日野富子?
優希:息子を将軍にするために応仁の乱を起こした日野富子よ。
ななみ:あー、うん。そうね。
優希:生まれる前からこんなに可愛いのに、生まれたらもっと可愛く思うわけじゃない? その時の自分が想像つかない。
ななみ:(笑)姉さん、幸せそう。
優希:そりゃあ、まあね。
ななみ:いいなぁ。
優希:羨ましいなら、ななみもいい男見つけて早く結婚しなさいよ。
ななみ:いい男は見つけてるもん。
優希:あ、高宮くんだっけ? このまえ言ってた人でしょ? ねぇねぇねぇ、最近どうなの? うまくいってる?
ななみ:うん。まあね。その件で姉さんにお願いがあるのよ。
優希:えー、なになに、改まって。
ななみ:今日、姉さんの家に来たのは、それが目的なの。
優希:なによ、もう。妹のお願いならなんでもきくよ。もちろん私にできる範囲で。
ななみ:ホント? よかった。ちょっと言いにくかったから。
優希:言ってみなさいよ。
ななみ:あのね。姉さん、私とキスして。
優希:・・・・・・え?
ななみ:私と、キスして。
優希:えっ、えっ、えっ、どういうこと? わかんない、わかんない。
ななみ:(可愛く)お姉ちゃん、私とキスしよ。
優希:可愛く言えばいいってもんじゃないから。何言ってんの?
ななみ:嫌なの?
優希:嫌よ。なんで妹とキスしなきゃいけないの。お互い中高生の頃ならまだわかるよ。でも私たちいい大人でしょ。しかも私は人妻。そして妊婦。
ななみ:そこをなんとか。お願いします。
優希:えー。
ななみ:一生のお願い。
優希:はあ?
ななみ:(土下座)このとおりぃぃ。
優希:土下座しないで。意味わかんない。絶対嫌よ。え、ちょっと待って。ななみは私とキスしたくて今日ウチに来たわけ?
ななみ:そうよ。だからそう言ってるじゃない。
優希:えー、妹が何考えてるのかサッパリわかんない。
ななみ:姉さんは大人しく目を閉じてて。すぐに済むから。
優希:ちょ、ちょっと、こっち来ないでよ。ちゃんと説明して。ななみのことだから何か理由があるんでしょ。一応、聞くだけ聞いてあげるから。
ななみ:理由を聞いたらキスしてもいいの?
優希:それは聞いてから考える。西郷隆盛が薩長同盟に簡単に合意するとは思わないで。
ななみ:あー、うん。そうね。
優希:それで、なに?
ななみ:姉さんが感染してるトキソプラズマを私に感染(うつ)してほしいのよ。
優希:トキソ・・・え?
ななみ:トキソプラズマ。
優希:えーっと。質問が3つあります。
ななみ:どうぞ。
優希:その1。トキソプラズマってなに。その2。私がそのトキソプラズマに感染してる根拠は。その3。ななみもそのトキソプラズマに感染したい理由は。
ななみ:なるほど。いい質問です。お答えしましょう。まずその1。トキソプラズマはネコの体内で生成される寄生虫で、ネコの糞からほぼ全ての哺乳類に感染します。感染したネズミはネコへの恐怖心がなくなり、その結果、ネコに捕獲されやすくなるという研究結果があります。ヒトが感染してもほぼ無症状で体調に異常は出ません。ちなみに世界人口の約3分の1がトキソプラズマに感染していると言われています。
優希:はあ。
ななみ:その2。姉さんがトキソプラズマに感染している根拠ですが、これは確信に近い推測です。トキソプラズマの感染者は非感染者と比較し性的魅力が高い、つまり異性にモテることが立証されています。また感染すると積極的な性格に変化することから、トキソプラズマの感染率が高い国のサッカーチームは攻撃的な戦術を取るチームが多いというデータもあります。
優希:ほお。
ななみ:思い出してください。確か姉さんはお義兄さんと結婚する少し前に旅行中の友人からネコを預かっていましたよね。きっとその時にトキソプラズマに感染したのです。
優希:待って待って。確かにネコを預かったことはあったけど、その時に私がネコのウンチを食べたってこと?
ななみ:ノロウイルスなんかと同じよ。体毛に付着していたネコの糞が姉さんの手指に付着し、食事中に経口感染した。
優希:そうなの?
ななみ:ええ、間違いない。それによって、彼氏いない歴イコール年齢のオタクの姉さんは男に興味を持ち、積極的になった。トキソプラズマの効果でエロ可愛くなった姉さんは、押してダメなら引いてみろ。それでもダメなら押し倒せ。そうやってお義兄さんとの結婚に至った。これが私の推測です。
優希:うん。色々思うところはあるけど、それはとりあえず置いておく。つまり、ななみは私が結婚できたのはトキソプラズマのおかげって言いたいわけね。
ななみ:その通り。その3は言うまでもありませんね。姉さんと私は「持つ者」と「持たざる者」。越えられない壁。トキソプラズマで結婚した姉さんの恩恵を私にも分けてほしいの。
優希:なるほどね。言いたいことはなんとなくわかった。
ななみ:わかってくれて嬉しい。姉さんならわかってくれると信じてた。
優希:お姉ちゃんには妹が天才なのかバカなのかサッパリわかんないよ。
ななみ:うん。私もたまにわからなくなる。
優希:男にモテたいから私とキスしたいってことで合ってる?
ななみ:そう。
優希:猫カフェに行ってよ。そこでネコのウンチを食べてきなさい。
ななみ:嫌よ。私がネコ苦手なの知ってるでしょ。
優希:あー、そう言えばそうだった。だからって、なんで姉の唇を奪おうとするのよ。
ななみ:トキソプラズマの性行為によるヒトヒト感染も確認されてるの。キスするのが1番手っ取り早いでしょ。
優希:キスで確実に感染する保証はないでしょ。
ななみ:そうね。確実に感染するためには姉さんの唾液を多量に接種する必要があるわ。
優希:な、な、なに言ってるの。
ななみ:姉さん、私とベロチューして。
優希:黙れ、この変態。
ななみ:(何かに気づいて)あっ・・・。
優希:なに?
ななみ:なんでもない。(可愛く)ねえ、お姉ちゃん、私とベロチューしよ。
優希:言ってる内容が全然可愛くない。
ななみ:もう。往生際が悪いわね。(距離を詰める)さっさとキスさせて。
優希:わー、来ないで。変態、止まれ。
ななみ:(迫る)よいではないか、よいではないか。
優希:ちょ、やめ、やめて。もう。お腹の赤ちゃんに何かあったらどうするのよ。
ななみ:うっ、そうね。ごめんなさい。
優希:まったくもう。私の唾液をコップに入れて持って帰ればいいんじゃないの?
ななみ:あ、そこに気づいちゃった? でもさ。「姉さんの唾液を採取させて」って言うの、なんか変態っぽいじゃない。
優希:キスを迫るほうがよっぽど変態だから。
ななみ:キスならワンチャンいけるかなと思って。
優希:私の唇は旦那のものなの。そもそもあんた、キスしたことあるの?
ななみ:・・・あるよ。
優希:えっ・・・誰と?
ななみ:それは・・・。
優希:ひょっとして、高宮くん?
ななみ:うん。
優希:ええええ。キスしたの? されたの? どっち?
ななみ:そこ重要?
優希:当たり前でしょ。ななみが無理矢理キスしたのと、高宮くんからキスされたのじゃ、全然意味が違うでしょ。
ななみ:・・・された。
優希:キスされたの?
ななみ:うん。
優希:なによぉ。だったらこれ以上モテる必要ないじゃない。高宮くんがななみに気があるなら、トキソプラズマなんて必要ないでしょ。
ななみ:いや、でも、キスされたのは確かだけど、誘惑したのは私だから主導権は私にあったと言っても過言ではないわ。
優希:主導権がどっちかなんて関係ないの。高宮くんは三方ヶ原(みかたがはら)の戦いで武田信玄の誘いに乗った徳川家康みたいなもんよ。
ななみ:あー、うん。そうね。
優希:大丈夫。ななみは可愛い。高宮くんはななみが大好き。自信持って。
ななみ:そうかな。
優希:そうよ。
ななみ:でも不安なの。
優希:不安?
ななみ:高宮が私を好きなのは、一時の気の迷いって言うか、魔法にかかってるみたいなもので、その魔法が解けちゃったら、きっと高宮は私のことを好きじゃなくなる。そんな気がするの。
優希:ななみ。
ななみ:なに?
優希:大好きなんだね、高宮くんのこと。
ななみ:うん。だからトキソプラズマが必要なの。
優希:そんなものなくても大丈夫。魔法が解けたら、また魔法をかけちゃえばいい。ずーっと魔法をかけ続ければいいのよ。
ななみ:姉さんもお義兄さんに魔法をかけてるの?
優希:そうよ。だから旦那は私にメロメロなの。魔法のかけ方ならお姉ちゃんが教えてあげるから。
ななみ:本当?
優希:今までも私のアドバイス、役に立ったでしょ。
ななみ:うん。効果抜群だった。
優希:でしょ。私の言ったとおりにやれば絶対大丈夫。
ななみ:絶対なんてことは絶対にない。
優希:あるよ。ないなら作ればいい。
ななみ:作る・・・。
優希:あーもう、可愛いなぁ。妹とこんな話をするなんて思ってなかった。なんか嬉しい。
ななみ:可愛い、かな?
優希:可愛い。超可愛い。究極に可愛い。
ななみ:(笑)
優希:(笑)
ななみ:姉さん。
優希:なに?
ななみ:今日、来てよかった。
優希:うん。いつでもおいで。
ななみ:収穫があった。
優希:収穫?
ななみ:私、姉さんが好きよ。たぶん、姉さんが思ってるよりも。
優希:私も好きよ。でもキスはしないからね。
ななみ:わかってる。そうじゃなくて。私に容赦なくツッコミ入れてくれる人って子供の頃は姉さんだけだったのよ。
優希:友達いないもんね。
ななみ:でも高宮はね、私に「黙れ、この変態」って言ってくれる。
優希:高宮くんに何をしたらそんな台詞が出てくるのよ。
ななみ:まあ色々と。
優希:なんだか高宮くんが可哀想に思えてきた。
ななみ:だからね。私が高宮を好きになったのは、たまたま近くに高宮しかいなかったから好きになったのかなって思ってたけど、そうじゃなくて。
優希:うん。
ななみ:きっと周りに百人いても、私は高宮を好きになったんだろうなって思った。
優希:うん。
ななみ:それが、今日の収穫。
優希:そっか。
ななみ:うん。
優希:ななみ。
ななみ:なに?
優希:応援してる。
ななみ:うん。
優希:頑張れ。
ななみ:うん。ありがと。
おしまい。
※トキソプラズマの症状や効果は諸説あります。