『SOUL LOVE ~サスペンス~』

【登場人物】2名(男1・女1)

陽太:(ようた)夏実の結婚相手。冬香は元彼女。
冬香:(とうか)陽太の元彼女でストーカー。夏実とは元友人関係。
夏実:(なつみ)陽太の結婚相手。2年前、冬香と階段から落ちて死亡(?)

【ジャンル】ラブ&サスペンス
【上演時間】20分

【あらすじ】
 目が覚めると結婚式で誓いのキスをしていた。
 そんな場面から始まるサスペンス。

 同じシチュエーションから始まるもう一つの物語「SOUL LOVE ~コメディ~」もあります。

【本編】

冬香:んんん!? うわあああ!! な、な、なにするの、陽太くん!

陽太:なにって・・・なにが?

冬香:なんで私、陽太くんとキスしてるの!? え、あれ? ここどこ? なんで陽太くん、タキシード着てるの!?

陽太:誓いのキスだろ。いきなりどうしたんだよ。

冬香:誓いのキス!? け、結婚式!? 私と陽太くんが!? ええっ、どゆこと!?

陽太:まさか・・・。

冬香:陽太・・・くん・・・?

陽太:すいません、皆さん。少しお時間を頂けますか。二人で少し話をさせてください。冬香、こっちへ。すいません。すぐに戻りますから。

冬香:え、ちょ、ちょっと陽太くん、引っ張らないで。転んじゃう!転んじゃうから!



 教会を出る二人。



陽太:(溜め息)冬香・・・なんだよな?

冬香:陽太くん、いったい何がどうなってるの?

陽太:落ち着けって。ちょっと俺も混乱してる。

冬香:な、なんなのこれは。ちゃんと1から説明してよ。

陽太:どこまで覚えてる?

冬香:どこまで?

陽太:記憶だよ。お前の記憶はどう繋がっているのか聞いてるんだ。

冬香:えっと・・・。夏実と公園でケンカになって、二人で階段から落ちて・・・。そして、気がついたら陽太くんとキスしてた。

陽太:そうか・・・。そうなるのか。その間のことは何も覚えてないのか?

冬香:・・・うん。

陽太:冬香が夏実と階段から落ちたのは2年前だ。

冬香:2年前!? 私、何も覚えてない。

陽太:・・・本当に?

冬香:うん。

陽太:そうか・・・。

冬香:うん。

陽太:・・・。

冬香:なにがどうなってるの?

陽太:えっと、つまり・・・。あの時、大怪我を負った冬香は、目を覚ました時・・・その、あれだよ。記憶喪失になっていたんだ。

冬香:記憶喪失・・・。

陽太:それで・・・。

冬香:それで?

陽太:記憶を無くした冬香を俺は放っておけなかった。ほら、別れたとは言っても、つきあってたわけだし。それで、入院してる冬香に何度も会いに行って、退院してから俺たちは、またつきあうようになった。そして今日、結婚するんだ。

冬香:そんなことになってるなんて・・・。

陽太:あぁ、記憶喪失の頃の記憶って、元の記憶を取り戻した時に失くすこともあるっていうから。覚えてないってのは、そういうことなんじゃないか。

冬香:信じられない。

陽太:俺だってそうだよ。

冬香:私、陽太くんと結婚するんだ・・・。

陽太:ああ。

冬香:陽太くん、私のこと好き?

陽太:あ、当たり前だろ。

冬香:陽太くん・・・。

陽太:詳しい説明は後でするから。結婚式、続けてもいいかな?

冬香:え?

陽太:俺と冬香の結婚式。みんな俺たちが戻るのを待ってる。早く行かなきゃ。

冬香:うん・・・。

陽太:どうしたの?

冬香:幸せすぎてわけわかんなくて、頭が追いつかないの。陽太くんが私のところに戻ってきてくれるなんて。私、陽太くんと結婚するのね?

陽太:(笑)そうだよ。だから早く戻ろう。

冬香:うん。



 その日の夜。ホテルの一室。



冬香:ああぁ、やっと終わったね。

陽太:お疲れ様。

冬香:結婚式の後、すぐに披露宴。それが終わったらすぐに二次会。ちっとも陽太くんと話せないんだもん。

陽太:仕方ないよ。

冬香:私、うまく出来てたかな?

陽太:ああ。いきなり記憶が戻ったとは思えないくらい。

冬香:記憶喪失だった頃の私と違和感なかった?

陽太:たぶんバレてないと思うよ。記憶が戻ったこと、お父さんには話したの?

冬香:うん。そのうち全部思い出すんじゃないかって言ってた。

陽太:そっか。何か聞かれた?

冬香:別に。何度も「おめでとう」って。お父さんの泣いてる顔、初めて見た。

陽太:そうか。

冬香:ねえ、陽太くん。

陽太:なに?

冬香:記憶喪失だった頃の私はどんなだったの?

陽太:どんなって・・・。

冬香:その頃の私のことを好きになったから、結婚してくれたんでしょ?

陽太:そうだな。

冬香:前の私は消えてしまったのかな?

陽太:消えてないよ。

冬香:え、どうしてわかるの?

陽太:あ、いや、わからないけど。また何かのきっかけで表に出てくるかもしれない。

冬香:そうなの?

陽太:冬香の意識が消えたわけじゃなく、ずっと眠っていたようにね。記憶喪失だったころの冬香も・・・消えたわけじゃなく、奥に隠れているんだと思う。

冬香:そっか。

陽太:ああ。

冬香:話してみたいなぁ。

陽太:え?

冬香:もう一人の私と。私が眠っていた時に陽太くんとどんなことがあったのか。

陽太:ああ・・・。

冬香:どんな風にプロポーズされたのかなぁって。

陽太:普通だよ。

冬香:教えてよ。

陽太:「結婚してください」って。

冬香:私は何て答えたの?

陽太:「はい」って。

冬香:ふつうううう。

陽太:普通だって言っただろ。

冬香:陽太くんは・・・。

陽太:なに?

冬香:記憶喪失だった時の私と、今の私、どっちが好き?

陽太:・・・なんでそんなこと聞くんだよ。

冬香:気になって。

陽太:どっちも冬香だろ。同じ顔だし。

冬香:そうだけど、でも性格は違ったんでしょ?

陽太:いや、どうかな・・・。

冬香:だって今日、陽太くんの友達に言われたもん。「冬香さん、今日は雰囲気が違う」って。

陽太:そんなこと言われたのか?今日はドレス着てたからいつもと少し印象が変わって見えただけだよ。

冬香:そうかもしれないね。

陽太:・・・。

冬香:そう言えば、さ。

陽太:ん?

冬香:夏実は今、どうしてるの?

陽太:(言葉に詰まる)うっ・・・。

冬香:今日、来てなかったし。私より先に誰かと結婚してたりするのかな?

陽太:・・・亡くなったよ。

冬香:・・・え?

陽太:急な階段だったからな。頭の打ちどころが悪かったらしい。

冬香:・・・。

陽太:もう2年も前のことだよ。冬香だけでも助かってよかった。

冬香:・・・。

陽太:不幸な事故だったよ。

冬香:あはは、あははははは。あはははははは! そっか。夏実、死んじゃったんだ。

陽太:冬香?

冬香:私に聞かないの?

陽太:なにを?

冬香:私がどうして夏実と階段から落ちてしまったか。

陽太:もういいよ、そんなこと。

冬香:そうよね。もう過去のことだもんね。今日ね、私、すっごく幸せだった。大好きな陽太くんと結婚出来て。みんなに祝福されて。隣で陽太くんが笑ってくれていて。タキシードの陽太くんは超カッコよかったし、フラワーシャワーは憧れだったし、結婚証明書にサインした時は指が震えて変な字になっちゃったし、披露宴で出されたケーキを食べるヒマがなかったのは悔しいけど、でもその他は文句なしに最高だったし。私が記憶を無くしてる間に。知らない間に私は夏実に勝ったんだと思ってた。陽太くんはあんな女を捨てて私を選んでくれたんだって。でも、まさか死んでるとは思わなかった。

陽太:やめろよ。

冬香:ねぇ、陽太くん。もし、ね。もし、夏実が死んでなくても、陽太くんはあんな女を振って私と結婚してくれたよね? そうだよね?

陽太:もうやめろって。

冬香:答えてよ! 私と永遠の愛を誓ってくれたんでしょ!?

陽太:冬香・・・。

冬香:言って。私のこと愛してるって言ってよ。

陽太:(冬香を抱きしめる)・・・。

冬香:あ、陽太くん。

陽太:冬香、キスしていいか?

冬香:うん。

陽太:(キスして)・・・。

冬香:・・・嬉しい。

陽太:(冬香を見つめて)・・・。

冬香:陽太くん?

陽太:(落胆して)冬香、なんだよな?

冬香:(微笑)そうだよ。あなたの妻の冬香だよ。

陽太:冬香・・・俺は・・・お前が・・・。

冬香:・・・うん。

陽太:・・・幸せに・・・なろうな。

冬香:うん。



 翌朝

 冬香→夏実



夏実:陽太! 陽太、起きて!

陽太:えぇ、あぁ、おはよ。

夏実:これどういうこと!? 私、何も覚えてない!

陽太:な、夏実なのか?

夏実:そうよ。なんで? どういうこと? 私、陽太と結婚式してたはずなのに。

陽太:(抱きしめて)夏実!

夏実:ちょ、ちょっと陽太、離して! なんなのよ、説明してよ!

陽太:もう会えないかと思ってた。いや、絶対戻ってきてくれるって信じてた。夏実、夏実、夏実ー!

夏実:どういうことなの?

陽太:冬香が生きていたんだ。

夏実:え?

陽太:冬香が生きていたんだよ! 誓いのキスをした直後、夏実が消えて冬香が現れたんだ。

夏実:冬香は・・・まだ死んでなかったってこと?

陽太:ああ。

夏実:この頭の中に・・・冬香がいるって言うの!?

陽太:そうだって言ってるだろ。夏実が消えてる間に、俺は昨日、冬香と一緒に結婚式と披露宴をやったんだ。

夏実:そして朝になったら私に戻ったってこと?

陽太:ああ。

夏実:そんなことって・・・。陽太、じゃあこれはどういうことなの?

陽太:俺に言われてもわかんねぇよ。

夏実:そうじゃなくて、私は今、なんで裸なの! あんた、冬香とやったの!?

陽太:し、仕方ねぇだろ。(殴られて)いてっ!

夏実:何考えてんのよ! 私は冬香に殺されたのよ!

陽太:わかってるよ、そんなこと!



陽太:(M)2年前、恋人の夏実が亡くなったと連絡を受けて、俺は目の前が真っ暗になった。モトカノの冬香と一緒に階段から落ちたと聞かされた。冬香は、夏実を選んだ俺ではなく、夏実のことを恨んでいた。その冬香もまた意識不明の重体だった。夏実の葬式から数日後、意識を取り戻した冬香から電話があった。



夏実:陽太? 私よ。夏実。

陽太:な!? ・・・その声は冬香か? 目を覚ましたのかよ。そのまま死ねばよかったのに。俺をからかってるのか。ふざけるな! お前が夏実を殺したんだろ!

夏実:陽太!

陽太:夏実を返せ。俺の夏実を返してくれ!

夏実:陽太、聞いて。私は冬香じゃない。本当に私、夏実なの!

陽太:・・・夏実・・・まさか・・・そんなことが・・・。



陽太:(M)目を覚ました冬香は間違いなく夏実だった。二人で揉み合うように階段から落ちて、夏実は体を、冬香は魂を失い、冬香の体に夏実の魂が入ってしまったのだ。俺たちはこれからのことを話し合った。そして夏実は冬香として生きていくことを決めた。そうするしかなかった。まさか、冬香の魂が戻ってくるなんてこと考えもしなかった。



夏実:じゃあ、どうして冬香と寝たの!?

陽太:仕方なかったって言っただろ!

夏実:初夜だもんね。モトカノだもんね。そりゃ仕方ないよね。

陽太:じゃあどうすりゃよかったんだよ。冬香を殺すのか? そんなこと出来るわけない。その体には夏実の魂が入ってる。冬香を殺すってことは夏実も殺してしまうってことだろ。

夏実:そうかもしれないけど。

陽太:夏実は絶対に戻ってきてくれると思ってた。だから、冬香のそばから離れるわけにはいかなかった。俺が結婚したのは夏実だ。冬香じゃない。

夏実:でも・・・。

陽太:俺は冬香の中にいる夏実を抱いたんだ。誓いのキスで入れ替わったから、また何かのきっかけで入れ替わるんじゃないかと思ってた。

夏実:冬香とキスしたの?

陽太:ああ。したけどダメだった。もっと強い刺激ならもしかしたらって思った。

夏実:それでエッチしても変わらなくて、疲れて眠って、朝になったらまた入れ替わってたってこと?

陽太:ああ。そういうことだよ。

夏実:ひどい。マジで最低。新婚早々、浮気されるなんて思わなかった。

陽太:悪かったよ。

夏実:私、これからどうなるのかな? 私はまた、冬香と入れ替わっちゃうの?

陽太:それはわからない。

夏実:どうすればいいの!? この体はもう私のものよ。冬香には渡さない!

陽太:俺だって、ずっと夏実のままでいてほしいよ。

夏実:怖い。怖いよ、陽太。

陽太:(抱きしめて)夏実・・・。



陽太:(M)結局、なにも答えは出なかった。その日の夜、夏実は眠るのを拒んだ。



夏実:消えるのは私のほう。だって、この体は冬香の体だもん。私はこの体にとって異物なのよ。

陽太:大丈夫だよ。きっとうまくいくって。もう休みなよ。俺がそばにいるから。

夏実:陽太・・・。陽太、もっと強く抱きしめて。お願い。

陽太:夏実・・・。



 翌日。

 夏実→冬香



冬香:おはよう、陽太くん。起きてる?

陽太:え? ああ、いつの間にか寝ちゃってたか。あ、えっと・・・。

冬香:ん? どうしたの、陽太くん?

陽太:冬香・・・。

冬香:なに?

陽太:冬香だよな?

冬香:ちょっとぉ。自分の奥さんの顔忘れたの? ひどいよ陽太くん、まだ寝ぼけてるの?

陽太:やっぱりそうか・・・。

冬香:ねえ、陽太くん。

陽太:なに?

冬香:私、昨日、何してたのかな?

陽太:え?

冬香:覚えてなくて。時計みたら結婚式から2日経ってるから。30時間くらいずっと寝てたってことあるわけないし。

陽太:ああ、それは・・・。

冬香:もしかして、記憶喪失だった時の私が出てきてたの?

陽太:そ、そうなんだ。朝起きたら、記憶が飛んだって話してた。結婚式の途中から何も覚えてないって。

冬香:それでどうしたの?

陽太:どうしたって。別にどうもしないよ。説明したらわかってくれた。

冬香:私はなんて言ってた?

陽太:驚いてたけど納得してくれたよ。

冬香:なんか悪いことしちゃったな。

陽太:なんで?

冬香:だって、結婚式と披露宴、私が横取りしたみたいになっちゃったから。

陽太:どっちも冬香だろ。

冬香:そうなんだけど。でも私が逆の立場だったら絶対悔しいと思って。

陽太:ああ、そうかもな。

冬香:なんか不思議。寝て起きる度に入れ替わるのかな?

陽太:どうだろう。

冬香:そのうち記憶が一緒になるのかな?

陽太:そうかもしれないな。

冬香:陽太くん、興味ないの? テンション低いよ? 朝だから?

陽太:そんなことないよ。

冬香:どうして覚えてないんだろ。でも、二人の私が陽太くんを取り合ってるみたいでなんだか面白い。

陽太:そっか。

冬香:どっちが好き?

陽太:え?

冬香:今日の私と、昨日の私。どっちが好き?

陽太:・・・どっちも好きだよ。

冬香:むぅぅ。まあいっか。私に嫉妬しても仕方ないし。

陽太:今日はどうする?

冬香:新婚旅行って、どこ行くの? いつから?

陽太:オーストラリア。3日後に出発だよ。

冬香:それまでは?

陽太:まあ、有給いっぱい取ったし、のんびり過ごそうかなって。

冬香:じゃあ買い物行きたい。色々買い揃えたいものがあるんだ。

陽太:わかった。とりあえず朝メシ、なんか食べるか。

冬香:うん。そうだね。あれ?

陽太:どうした?

冬香:涙の跡・・・。昨日の私、なんで泣いてたんだろ・・・。



陽太:(M)俺は夏実が再び現れるのを信じて、妻を愛する夫を演じた。次の日、目覚めたのは夏実だった。



 翌日。

 冬香→夏実



夏実:おはよ、陽太。

陽太:おはよ、冬香。(叩かれて)いてっ!

夏実:二人きりの時は私をその名前で呼ばないで。何度も言わせないでよ。

陽太:ああ、悪い。夏実か。よかった。今日は夏実だった。

夏実:あれから何日経ったの?

陽太:一日。どうやら一日ごとに入れ替わるみたいだな。

夏実:どうやらそうみたいね。今度名前を間違えたら殴るからね。

陽太:今だって殴っただろ。でもさ・・・。

夏実:なによ?

陽太:昨日、冬香をうっかり夏実って呼びそうになった。

夏実:最悪ね。あんな女と私を間違えるなんて。

陽太:仕方ないだろ。同じ顔なんだから。とっさに誤魔化したけど危なかった。

夏実:私のこと話してないの?

陽太:話せるわけない。冬香は夏実のことを殺したいほど憎んでるんだから。記憶を失った頃の別人格が現れたってことにしてる。

夏実:バレたところでどうにもならないでしょ。私は冬香の中にいるんだから。

陽太:そうかもしれないけど。

夏実:ねぇ、陽太。

陽太:なに?

夏実:私と冬香、どっちが好き?

陽太:はあ!? 夏実に決まってるだろ。

夏実:ホントに?

陽太:ホントだよ。当たり前だろ。

夏実:ならいいけど。

陽太:なんでそんなこと聞くんだよ。

夏実:だって、起き抜けの「おはよう、冬香」って声が優しかったから。

陽太:そうかな? そんなことないよ。

夏実:昨日は何してたの?

陽太:買い物。家具とか家電とか。下見ばっかりで、だいたいネットで買うことにしたよ。

夏実:ふーん。まだ買ってないなら私が選ぶ。後でチェックしたの見せて。

陽太:そうしてくれ。でもこのままじゃヤバいよなぁ。

夏実:そうよねぇ。これじゃ私の仕事復帰は難しいよねぇ。

陽太:どうしたもんかな。

夏実:それよりも、明後日からの旅行、どうなるのよ。それも冬香と一日交代ってこと?

陽太:そうかもしれない。

夏実:うわ、最悪。

陽太:この状態がなんとかなるまで仕方ないだろ。

夏実:んー、わかった。

夏実:じゃあ今日は一日中イチャイチャする日。

陽太:ええ?

夏実:嫌なの?

陽太:そんなわけないじゃん。夏実からそんなこと言い出すの珍しいから。

夏実:そりゃ私だって、ちょっとは嫉妬するし。

陽太:いいよ。たっぷりイチャイチャしよう。

夏実:うん。

陽太:夏実〜。夏実、夏実、夏実〜。

夏実:(笑)



 翌日。

 夏実→冬香

 

冬香:陽太くん。起きて。

陽太:あ、おはよう。・・・冬香か?

冬香:うん。私は冬香だよ。

陽太:だよな。

冬香:あんまり眠れなかったの?

陽太:どうして?

冬香:疲れた顔してる。

陽太:そうかな?

冬香:えっとぉ・・・あのぉ・・・。

陽太:なに?

冬香:昨日・・・いっぱい・・・したの?

陽太:え?

冬香:昨日の私と。

陽太:まあ、そう、だね。

冬香:(冷ややかに)・・・ふぅん、そうなんだ。

陽太:冬香?

冬香:(明るく)ズルい〜。

陽太:え、ズルいって。どっちも冬香だろ。

冬香:ねぇ、陽太くん。

陽太:なに?

冬香:今日の私と昨日の私、どっちが好き?

陽太:またかよ。・・・どっちも好きだよ。

冬香:むぅぅ。また同じ答え。じゃあ、昨日の私にしたことと同じこと、私にしてよ。

陽太:えぇ・・・。

冬香:じゃなきゃ不公平。

陽太:わかったよ。

冬香:ホント?

陽太:あぁ。

冬香:陽太くん、大好き。

陽太:あぁ。俺もだよ。

冬香:あ・・・。

陽太:ん、どうしたの?

冬香:また涙の跡・・・。



陽太:(M)夏実の言うとおり、この体の持ち主は冬香だ。いつか夏実は消えてしまうのかもしれない。夏実が消えてしまうくらいなら、この歪(いびつ)な状態がずっと続けばいいと思っていた。ずっと続けばいいと願っていた。でも、終わりは唐突に訪れた。



 その日の夜

 電話の音



陽太:冬香か? 買い物に行ったきり帰ってこないで、どうしたんだよ。今、どこにいるの?

冬香:ごめん。心配した?

陽太:当たり前だろ。

冬香:ねぇ、陽太。私が誰かわかる?

陽太:・・・。

冬香:私がどっちかわかる? 私を大好きな陽太ならわかるでしょ?

陽太:・・・夏実、なのか?

冬香:・・・。

陽太:おい、夏実なんだろ?

冬香:そうよ。ついに冬香を消してやったわ。これからこの体はずっと私のものよ。

陽太:ホントか!?

冬香:これからはずっと一緒だね。

陽太:でも、いったいどうやって・・・。

冬香:そんなことはどうでもいい。陽太、私が今どこにいるかわかる?

陽太:わからないよ。どこにいるの?

冬香:あの公園よ。私と冬香が落ちた場所。

陽太:え?

冬香:陽太にどうしても伝えたいことがあるの。今から出てこれる?

陽太:何言ってるんだよ。もう外は真っ暗だろ。早く帰ってこいよ。明日から旅行なんだから。

冬香:お願い。待ってるから。



 電話が切れる。

 

 夜。公園。



陽太:夏実! こんなとこまで呼び出してどうしたんだよ?

冬香:近寄らないで!

陽太:夏実?

冬香:ふふふふ、あはははははは! あははははははははは!

陽太:夏実?

冬香:近寄らないでって言ってるでしょ! それ以上近寄ったら、ナイフで首を切るから!

陽太:なっ、なにやってんだ! ナイフを離せ、危ないだろ!

冬香:もう一度聞くわ。陽太くん、私が誰かわかる?

陽太:・・・冬香、なのか?

冬香:そうよ。陽太くん簡単に騙されるんだもん。面白かった。夏実の真似なんて簡単よ。何を考えてるのかすぐにわかる。だって陽太くんを取られる前は、私たち結構仲良かったんだから。

陽太:どうして気づいたんだ?

冬香:どうして気づいたか!? 寝ながら私を抱きしめて、何度も「夏実」って囁かれたらバカでも気づくわよ。記憶喪失なんかじゃない。別人格の私なんていない。夏実が私の体を乗っ取ったんだって。

陽太:・・・。

冬香:何度も何度も愛しそうに夏実の名前を呼んでた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・。この体は私の体よ! 夏実には絶対に渡さない!

陽太:冬香・・・!

冬香:陽太くん。大好きだよ。私、あなたを愛してる。

陽太:俺もお前が好きだよ。そう言ったじゃないか。

冬香:陽太くんが好きなのは私の中にいる夏実なんでしょ!

陽太:あぁ、そうだよ。俺は夏実を愛してる。

冬香:わかってた。だって、陽太くんは・・・一度も名前を呼んでくれないもん。夢の中で何度も夏実を呼んでるのに、私とエッチする時、陽太くんは一度も私の名前を呼んでくれない。陽太くんは私の中にいる夏実を見てる。私のことをちっとも見てくれない。陽太くんの頭の中は夏実のことばっかり。そんな陽太くんが私のこと好きなわけない。そんなことはわかってる!

陽太:好きだよ!

冬香:・・・!?

陽太:冬香の前で、最初は『妻を愛する夫』を演じてたつもりだった。でもたまにわからなくなった。俺が見ているのは、冬香の中の夏実なのか、夏実の中の冬香なのか、わからなくなった。同じ顔で笑う冬香と夏実を切り離せなかった。

冬香:じゃあどうして私の名前を呼んでくれなかったの!?

陽太:俺だってこの気持ちに整理がついてないんだ。だから呼べなかったんだ。だって、冬香は夏実を殺したんだろ。許せるわけない。でも恨めなかった。嫌いにはなれなかった。

冬香:陽太くん、自分で何言ってるかわかってる?堂々と二股宣言してるんだよ。二股じゃないか。これって不倫なのかな。私は不倫されたの?それとも不倫相手が私なの?

陽太:・・・。

冬香:ありがとう、陽太くん。たとえ嘘でも、結婚してくれてホントに嬉しかったよ。人生最高の日だって思ったよ。でもダメなの。陽太くんには私だけを見てほしい。だから、今度こそ夏実を消すね。

陽太:やめろ。

冬香:今度は失敗しないから。この階段から落ちて次に目覚めた時は・・・。

陽太:冬香、やめてくれ。

冬香:その時は、私だけの陽太くんになってね。

陽太:待て、冬香!

冬香:じゃあ、バイバイ。(背中から階段に落ちて)んっ!

陽太:冬香ーーー! 冬香、冬香ーーー!



 救急車のサイレンが響く。



 3日後。病院。



冬香:(目覚めて)・・・ん・・・。

陽太:冬香、冬香っ! よかった。やっと目を開けてくれた。

冬香:陽太・・・。

陽太:今、先生呼んでくるから。

冬香:待って・・・。

陽太:どうした?

冬香:こっちきて。

陽太:ああ。もう目を覚ましてくれないかと思った。

冬香:もうちょっと近くに。

陽太:なに? (叩かれて)いって!

冬香:私を冬香と呼ばないでって言ったでしょ。

陽太:え? 夏実、なのか?

冬香:そうよ。冬香のほうがよかった?

陽太:夏実! 夏実、夏実、夏実〜!

冬香:何度も呼ばないで。うるさい。

陽太:ごめん。

冬香:ねぇ、陽太。

陽太:なに?

冬香:これからは私のこと、冬香って呼んで。

陽太:え、いいのか? さっきは呼ぶなって・・・。

冬香:うん。だって陽太もややこしいでしょ。この体はもう私だけのものなんだから。だから私のことは冬香って呼んで。

陽太:わかった。

冬香:陽太、愛してるわ。

陽太:冬香、俺も愛してるよ。

冬香:(微笑)

陽太:(微笑)今、先生呼んでくるから。ちょっと待ってて。

冬香:うん。



 陽太が病室から出ていく。



冬香:ホント、簡単に騙されるんだから。これからは私だけを愛してね。陽太くん。



 おしまい。