『妖精の言うとおり』

【登場人物】2名(男性1・女性1)

拓也:新婚の夫。

涼子:新婚の妻。

【ジャンル】サスペンス・ラブストーリー
【上演時間】15分

【あらすじ】

 甘々な新婚生活に潜む狂気――。

【本編】

拓也:ただいまー。

涼子:拓也、おかえりなさい。

拓也:涼子〜、会いたかったよ〜。

涼子:私も会いたかった〜。

拓也:ホント? 僕がいなくて寂しかった?

涼子:すっごく寂しかった。拓也は?

拓也:僕も。仕事しながら涼子のことばかり考えてた。会いたくて会いたくて仕事なんか手につかなくて、それでも必死に我慢して仕事してきたんだ。偉いだろ?

涼子:偉い。すっごく偉い。

拓也:あ〜、涼子を小さくして胸のポケットに入れられたら、ずっと一緒にいられるのになぁ。

涼子:あ〜、妖精みたいに小さくなれたら、いつでも拓也と一緒にいられるのになぁ。

拓也:ただいまのハグしていい?

涼子:だぁめ。手を洗って、うがいしてから。

拓也:わかった。すぐにやるから、待っててくれる?

涼子:うん。待ってる。

拓也:ただいま、母さん。あれ? 静かだと思ったらゲームしてたのか。最近よくやってるよな。

涼子:うん。お義母さんはヘッドセットをつけてバーチャルの世界に旅立ってるから、何も見えないし、何を言っても聞こえないよ。

拓也:それならたっぷりイチャイチャできるね。

涼子:えー、ここで? お義母さんがそばにいるのに。

拓也:大丈夫、バレないって。おいで、涼子。

涼子:うん。

拓也:(抱きしめて)ああぁ、癒やされる。涼子を抱きしめてるだけで一日の疲れが吹き飛ぶよ。

涼子:今日もお仕事お疲れ様。

拓也:(ため息)涼子と結婚して毎日が幸せだよ。

涼子:私も幸せ。ねぇ、私のこと愛してる?

拓也:愛してるよ。

涼子:私のどこが好き?

拓也:全部大好きだよ。

涼子:それは知ってる。けど、もっと具体的に言ってほしいな。

拓也:そうだなぁ。……やっぱり、声かな。

涼子:声?

拓也:言ったことなかったかな。僕は涼子の声を初めて聞いた時、この人だって思ったんだ。

涼子:へぇぇ。

拓也:ずっと探してた。やっと出会えたって。なんだか不思議な感覚だった。

涼子:私が運命の人ってこと?

拓也:そう。涼子は僕のお姫様だって、すぐにわかった。

涼子:嬉しい。私にとっても拓也は王子様だよ。

拓也:って、母さんの前で何言ってるんだろうね。

涼子:ホントだよ。

拓也:母さん、なんのゲームやってるの?

涼子:あー、「イングリッシュ・アイランド」。

拓也:それ知ってるよ。大学生の頃にやったことある。確か涼子に出会う前に、友達に勧められて。

涼子:英語の教材として抜群の効果があるからって、今でも結構売れてるんだって。

拓也:わかる。このゲームのおかげで英語の成績、めちゃくちゃ上がったもんな。でも母さんには難しいんじゃないの?

涼子:お義母さんがやってるモードは中学生レベルの旅行英語だから。2週間後の海外旅行までにマスターするんだって、今日はずっとゲームやってた。

拓也:確か、海賊に囚われたお姫様を助けに行くんだよな。途中で猛獣に襲われたり、罠にかかったりして、その時に出題される問題を解くとトラブルを解決して先に進めるんだ。

涼子:よく覚えてるね。

拓也:ガイド役の小さな妖精が僕の周りを飛び回ってアドバイスをくれるんだよ。「たっくん、たっくん、あのロープに捕まって」「たっくん、たっくん、この石に何か書いてあるよ」って。

涼子:ゲームで使ってた名前、「たっくん」だったんだね。

拓也:そうそう。このゲームってさ、自分のアバターが5歳の姿になるだろ。僕、幼稚園の頃にそう呼ばれてたから。

涼子:前に見せてもらった5歳の頃の拓也の写真、可愛かったなぁ。天使みたいだった。

拓也:ねぇ、このゲーム、自分のアバターのカスタマイズはできるけど、5歳って年齢は変更できないんだ。どうしてか知ってる?

涼子:どうして?

拓也:学習効果を高めるためさ。幼児教育の重要性は昔から語られていることだけど、3歳から5歳の頃は特に吸収力が凄くて学習効果が高いそうだよ。

涼子:へぇぇ、よく知ってるね。

拓也:前にテレビで見たんだ。だから今、母さんも5歳児になって冒険してるんだろな。ほら、口元が無邪気に笑ってる。楽しそうだ。

涼子:ホントだ。

拓也:そう言えばさ……。

涼子:どうしたの?

拓也:最近、母さんと仲いいよね?

涼子:そうね。

拓也:前はあんなに仲悪かったのに。

涼子:それは、私が嫌われてたから。

拓也:涼子ってさ、母さんのこと、何て呼んでる?

涼子:え? 「お義母さん」って呼んでるよ。知ってるでしょ?

拓也:そうだよな……。

涼子:なに? どうしたの?

拓也:いや、昨日の夜さ、風呂から上がった時に聞いたんだよね。

涼子:……なにを?

拓也:涼子が声色を変えて、「ともちゃん、ともちゃん、明日は6時に起きて朝食を作ってね」って言ってるの。

涼子:……。

拓也:母さんは「うん、わかった」って応えてた。その時は、いつの間にそんなに仲良くなったんだろうって思ったんだけど、何か母さんの様子が変だったなぁって。

涼子:聞いてたんだ……。

拓也:涼子?

涼子:拓也が聞いたのは、こんな声だった? (声を変えて)ともちゃん、ともちゃん、明日は6時に起きて朝食を作ってね。

拓也:そう、その声。なんか聞き覚えがあるような……。

涼子:これ見て。

拓也:「イングリッシュ・アイランド」のパッケージ?

涼子:裏に「声の出演」って書いてあるでしょ?

拓也:うん。それがなに?

涼子:妖精役のところにカタカナでリョウコって書いてあるでしょ?

拓也:あるね。

涼子:それ、私なの。

拓也:えええ!?

涼子:そのゲーム、お父さんが製作してて、「声優をやってみないか」ってお父さんに言われて、妖精の声を担当したの。

拓也:知らなかった。なんで教えてくれなかったの?

涼子:恥ずかしかったから。

拓也:このゲームをやってる人はみんな涼子の声を聞いてるってことだろ。すごいじゃん。

涼子:うん。まあね。

拓也:でも、それが何か関係あるの?

涼子:私がこの力に気づいたのは本当に偶然だった。

拓也:この力?

涼子:その時の親友だけには妖精の声をやったって話してたんだけど、彼女はゲームが発売されたらすぐに買ってくれて、すごいスピードでクリアして、それを私に報告してくれた。私は嬉しくて、つい調子に乗って言っちゃったの。(声を変えて)りんちゃん、りんちゃん、ゲームを遊んでくれてありがとう。あと百回クリアしてね。そしたら彼女は、学校を休んで狂ったようにゲームに没頭して、そして栄養失調で倒れてしまった。

拓也:どういう……ことだよ?

涼子:このゲームってさ、英語を勉強しながら、もう一つ学習していることがあるの。妖精の指示に従えば、間違いはない。妖精の言うことは必ず正しい。

拓也:まさか……。

涼子:そう。このゲームをプレイした人は、私が妖精の声で話せば、何でも言うことを聞いてくれる。

拓也:人の心を操れるって言うのか。そんなこと、あるわけない。

涼子:私は入院している親友に妖精の声で言ったわ。(声を変えて)りんちゃん、りんちゃん、もうゲームはやめて元気になってね。(声を戻して)そうしたら彼女は、すぐに元気になった。

拓也:母さんも、そうやって操っているっていうのか。

涼子:そうよ。(声を変えて)ともちゃん、ともちゃん。(声を戻して)ってお願いすれば、なんでも従順に聞いてくれるの。

拓也:……。

涼子:苦労したわ。海外旅行の雑誌を見せたり、英語圏の国を特集してる番組を観せたり。「英語を勉強したい」って私に相談してきた時は本当に嬉しかった。「イングリッシュ・アイランド」は拓也も使っていた有名な英語教材のゲームだって話したら、すぐに手に取ってくれた。

拓也:母さんを操って、涼子は何がしたいんだ。

涼子:邪魔なのよ。お義母さんのせいでせっかくの新婚生活が台無しよ。私は拓也ともっと二人っきりでいたいの。

拓也:仕方ないだろ。父さんが亡くなって、僕まで家を出たら母さんが一人ぼっちになってしまう。それを涼子もわかってくれたんじゃなかったのか。

涼子:本当は同居なんてしたくなかった。さっさと死ねばいいのにって、ずっと思ってた。だってお義母さんがいなくなれば、私は拓也と二人っきりになれる。それに、亡くなったお義父さんの遺産も拓也のものになる。

拓也:母さんを殺すつもりなのか?

涼子:この力を使えば、事故死に見せかけることなんて簡単よ。2週間後の海外旅行の時にやるつもりだった。ほら、旅行中に羽根を伸ばして変なことする人っているでしょ。

拓也:涼子……。

涼子:お義母さんがいなくなったら、仕事なんか辞めて世界一周にでも行きましょう。

拓也:行けるわけないだろう。

涼子:どうして? あなたは私を愛してるんでしょ? お義母さんより、私を選んでくれるよね?

拓也:俺は……。

涼子:もう一つ、いいこと教えてあげる。あなたは大学生の頃に、このゲームで5歳のアバターになって、沢山の冒険して、いくつもの試練を乗り越えて、ようやく囚われのお姫様を救い出した。そうよね?

拓也:あ、あぁ……。

涼子:(声を変えて)『ありがとう、たっくん』(声を戻して)その時のお姫様は、こんな声をしていたんじゃない?

拓也:……そうだ。同じ声だ。どうして今まで気がつかなかったんだ。

涼子:声の出演のところに、お姫様役の声優の名前が書いてないでしょ? そのお姫様も私が演じたの。だからあなたは私の声を好きになった。

拓也:僕が涼子を愛する気持ちも、このゲームをやったからだっていうのか?

涼子:私と出会う前に拓也が「イングリッシュ・アイランド」をプレイしたきっかけを覚えてる?

拓也:確か、大学の友達に勧められて……。

涼子:その友達はすでにこのゲームをプレイしていた。私がその友達を操って、拓也と、拓也がその頃につきあっていた彼女にゲームをするように仕向けた。

拓也:歩美にも? どうして……。

涼子:どうしてだと思う?

拓也:思い出した。ある日いきなり「嫌いになったから別れる」って歩美に言われたんだ。

涼子:(微笑)

拓也:歩美の心を操って、僕と歩美を別れさせたのか? どうしてそんなこと……。

涼子:決まってるでしょ。あなたが好きだから。

拓也:え?

涼子:拓也が私のことを知るずっと前から、私は拓也を見ていた。どうしても拓也の恋人になりたかった。だから、この力を使ったの。

拓也:……ごめん。

涼子:拓也?

拓也:そんなことを聞いてしまったら、僕はもう、涼子を愛することは出来ない。

涼子:どうして? こんなに毎日が幸せなのに。

拓也:こんなのは違う! 偽りの幸せだ!

涼子:私と拓也は幸せな結婚をして、幸せな毎日を送っている。それの何がいけないの?

拓也:そんなのおかしいだろ。自分でも変だなって思ったことはあったんだ。涼子は僕が今まで好きになったタイプとは全然違う。友達は「なんで涼子を選んだんだ」って、みんな不思議に思ってた。僕は涼子が運命の人だからって思ってた。それが操られた感情だったなんて……。

涼子:私のこと、嫌いになった?

拓也:……こんな話、聞きたくなかった。

涼子:じゃあ忘れてしまえばいいじゃない。

拓也:忘れるなんて出来るわけないだろ。

涼子:出来るよ。簡単だよ。

拓也:えっ?

涼子:(声を変えて)たっくん、たっくん、昨日の夜の記憶と、今日、家に帰ってからの記憶を……忘れて。

拓也:あっ……。うん、わかった。

 間。

涼子:拓也、起きて。

拓也:あ、あれ? 寝てた?

涼子:疲れてるんじゃない?

拓也:そうかもしれない。

涼子:よしよし。

拓也:僕のこと、子供だと思ってる?

涼子:可愛いなぁって思ってるよ。

拓也:涼子のほうが可愛いよ。

涼子:私のこと、愛してる?

拓也:愛してるよ。

涼子:私も愛してる。

拓也:(笑)幸せすぎて死にそう。

涼子:そんなので死なないでよ。私を一人にしないで。

拓也:わかってる。ずっと一緒だ。

涼子:すぐにご飯にするから。先にお風呂入る?

拓也:そうするよ。あ、母さんはまたゲームしてるのか。

涼子:そろそろやめるんじゃないかな。

拓也:じゃあ、お風呂入ってるって伝えといて。

涼子:わかった。いってらっしゃい。

拓也:うん。

 涼子が義母のヘッドセットを外す。

涼子:(声を変えて)ともちゃん、ともちゃん、ゲームをやめて夕食の支度をやってよ。


涼子:(微笑)お願いします。お義母さん。


 おしまい。