『ぱすたやぱにっく2』

【登場人物】5名(男性3・女性2)


店長:上野誠。パスタ屋の店長。美咲の恋人。 
美咲:近江谷美咲。店長の恋人。
さくら:川口さくら。バイト。大宮とつきあっている。
弘:川口弘。さくらの父。
大宮:大宮和也。バイト。さくらとつきあっている。

【上演時間】50~60分

【あらすじ】

 とあるパスタ屋さんを舞台に、勘違いが連鎖していくシチュエーションコメディ第二話。
 前作未読でも大丈夫。
 今回は店長が主役。

【本編】

■墓地


美咲:お父さん、元気? (笑)元気って聞くのも変か。もう3回忌だもんね。私ももうすぐ30になるよ。お父さん、誠のこと覚えてる? 久し振りに連れてきたよ。今、パスタ屋で店長やってるんだって。誠。こっちこっち。

店長:なんだよ、美咲。もういいのか?

美咲:うん。お父さんと話してあげて。

店長:ああ・・・えーと。お父さん、お久しぶりです。上野誠です。6年前、美咲さんとつきあってた誠です。生前、酔ったお父さんに一升瓶で殴られて、額を3針縫った誠です。あの時の恨みは一生忘れません。冗談です。もう気にしてません。美咲さんとは一度別れて、最近またつきあいはじめました。だから、お父さんの葬式にも出られなくて申し訳ありませんでした。

 店長が大きく深呼吸。

店長:お父さん、美咲さんを僕にください。一生幸せにします。

美咲:誠・・・。

店長:・・・はい。ありがとうございます。(美咲に)お父さん、「娘をよろしく頼む」って言ってくれたよ。

美咲:バカ。ここ墓地だよ。こんなとこでプロポーズしないでよ。

店長:こんなとこだからプロポーズしたんだ。するなら今だ。ここしかないって思ったんだ。

美咲:誠・・・。

店長:美咲、俺と結婚してくれ。

美咲:(感動)・・・うん。

店長:幸せになろうな。

美咲:うん!

店長:(笑)

美咲:誠。

店長:なに?

美咲:もう絶対浮気しないでね。

店長:しないよ。何言ってるんだよ。

美咲:浮気したらすぐに離婚だから。

店長:わかった。

美咲:それと、その股間にぶらさがってるものを切り落とすから。

店長:うくっ・・・わかったって。浮気なんかするわけないだろ、大丈夫だよ。

美咲:結婚式と披露宴はどうするの?

店長:やろうよ。家族と親戚と仲のいい友達呼んで。まぁ、店が忙しいから、すぐにってわけにはいかないけど。

美咲:うん。じゃあ、どうしても呼びたい人がいるんだけど。

店長:誰?

美咲:私の上司で、すっごくお世話になってる人。私のことを娘みたいに可愛がってくれてるから、きっと喜んでくれると思う。

店長:呼びなよ。全然いいよ。余興とかスピーチとか頼んじゃえ。

美咲:わかった。(笑)楽しみだなぁ。

■翌日。パスタ屋。バックヤード。

大宮:おはようございます!

店長:おう、大宮。昨日はありがとな。

大宮:大変でしたよ。土曜日なのに店長も淳一もいないし。

店長:昨日の売上見たよ。忙しかったみたいだな。ご苦労さん。

大宮:いえいえ。

店長:俺の代わりはお前しかいないよ。次期店長だな。よっ、イケメン店長!

大宮:やめてください。パスタ屋の店長なんてやりたくないですよ。

店長:そんなこと言うなって。

大宮:それより淳一から聞きましたよ。「昨日、父親の3回忌に店長が来て、姉ちゃんと仲良さそうにしてた」って。

店長:そんなこと言ってたのか。アイツ、ベラベラ喋るからな。アイツが俺の弟になるかと思うと頭痛いよ。

大宮:弟って・・・まさか。

店長:昨日、美咲にプロポーズしたよ。お父さんのお墓の前で。

大宮:マジっすか!? で、美咲さんの返事はどうだったんですか!?

店長:「うん」って泣きそうな顔で頷いてくれたよ。人生最高の日だった。

大宮:おめでとうございます!

店長:ありがと。

大宮:うわー。そうかー。店長、結婚するのかー。それも、淳一のお姉さんと。すげぇなー。

店長:(笑)

大宮:店長が川口さんのお姉さんに、「結婚を前提におつきあいしてください」って、いきなり告白した時は驚きましたけど、まさかその3ヶ月後に、川口さんのお姉さんじゃなくて、元カノだった淳一のお姉さんと結婚することになるなんて。

店長:あー、まあな。

大宮:川口さんからその辺のこと聞いてないんですけど、川口さんのお姉さんとは、キッパリ別れてるんですよね?

店長:そのことなんだがな。

大宮:え?

店長:いや、俺もな。あかねさんと早く別れなきゃとは思ってるんだよ。でも、「結婚を前提に」なんて言ったくせに速攻で別れるのも、なんか悪いだろ。

大宮:は?

店長:それに、あんな美人に積極的に迫られたら、なかなか断れなくて・・・。

大宮:店長! つまり二股してるってことですか!?

店長:二股って、そういう言い方するなよ。つきあってる時期が重なっただけだよ。

大宮:それを二股って言うんです! マジっすか。軽蔑しました。店長、最低ですね! 俺、さくらになんて言えばいいんですか! 「店長、さくらのお姉さんとは遊びだったらしいよ」って言ったら、アイツ泣きますよ!

店長:だから秘密にしてくれよ。あかねさんとは穏便に別れるから。って言うか、お前、川口さんのこと、「さくら」って呼んでたの?

大宮:ぐっ・・・。自分の彼女のこと名前で呼んで何がダメなんですか。そんなことはどうでもいいんです。そもそも、美咲さんと一回別れたのだって、店長の浮気が原因なんでしょ!?

店長:浮気って、そういう言い方するなよ。一夜の過ちだよ。

大宮:そうやって、さくらのお姉さんにも手を出したんでしょ!?

店長:手を出したって、そういう言い方するなよ。据え膳食わぬはって言うだろ。

大宮:最低です。見損ないました。俺、この店、辞めます。もう店長についていけません!

店長:落ち着けって。お前がいなくなったら困るんだよ。あかねさんとはちゃんと別れるから。それまで内緒にしてくれればいいんだ。頼むよ。

大宮:(ため息)わかりました。俺もさくらの悲しむ顔、見たくないですから。さっさと別れてくださいね。

 さくらがやってくる。


さくら:おはようございまーす。

店長:おおおおはよう、川口さん。

さくら:店長、おはようございます。和也くん、おはよ。

大宮:おはよ。

店長:じゃじゃじゃあ、俺、店に戻るから。大宮、さっきのこと、くれぐれもよろしくな。

大宮:今度、何かおごってくださいね。

店長:わかってるよ。頼んだぞ。

大宮:はーい。

 店長去る。


さくら:なんで店長、あんなに挙動不審なの? なんの話?

大宮:いや、なんでもない。さくらには全く何にも関係ない。

さくら:ふーん。

大宮:それより、今日バイト終わった後、どうする? どこ行こっか?

さくら:(甘々)和也くんとだったらどこでもいい。

大宮:(甘々)今日はさくらが決める番だろ。

さくら:えぇぇ。だってホントにどこでもいいんだもん。

大宮:バイト終わるまでに考えといてね。

さくら:わかった。

大宮:あのさ、店長とさくらのお姉さんって、どうなってるの?

さくら:つきあってるんでしょ? 毎日ラインしてるって、お姉ちゃん言ってたよ。

大宮:(呟き)やっぱり知らないのか。しかも毎日連絡とってたのかよ、あのクソ店長・・・。

さくら:和也くん、どうしたの?

大宮:さくらは美咲さんに会ったことあるんだっけ?

さくら:美咲さん? あ、淳一くんのお姉さんで、店長の元カノ? 会ったことないよ。和也くんはあるの?

大宮:うん。この前、淳一に紹介されて、バッグの中に入ってたお菓子貰った。

さくら:へええ。で、その美咲さんがどうかした?

大宮:いや、なんでもない。聞いてみただけ。

さくら:私も会ってみたいなぁ。

大宮:それは・・・ややこしくなるから、また今度かなぁ。

さくら:ややこしい? なんで?

大宮:あははは。さくら、今日も可愛いね。

さくら:えへへへぇ。和也くんもかっこいいよ。

■パスタ屋 店内

店長:いらっしゃいませ。お客様は2名様でよろしいですか? こちらのお席へどうぞ。


店長:はーい、お伺いいたしまーす。


さくら:おはようございます。よろしくお願いしまーす。

大宮:おはようございます。よろしくお願いしまーす。

店長:はーい。今日もよろしく。川口さん、料理出るからお願い。

さくら:はい、わかりました。

 美咲が来店。

店長:いらっしゃいませ・・・って、ど、ど、どうしたんだよ。

美咲:パスタ食べにきた。

大宮:あ、美咲さん。こんにちは。

美咲:こんにちは。

大宮:今日、淳一休みですよ。

美咲:知ってる。

大宮:そうか。店長に会いにきたんですね。

店長:(大宮に)あああ、お前はいいから6番のテーブル片付けろ。

大宮:はい。

店長:(美咲に)ご案内します。こちらへどうぞ。

美咲:ありがと。

店長:(小声で)なんで店に来たんだよ。

美咲:昨日はありがとね。誠の顔が見たくなっちゃって。

店長:それは嬉しいけど、店では他人の振りしてくれよ。

美咲:どうして?

店長:今、色々デリケートな時期なんだよ。

美咲:デリケート? 何が? 私が来たら恥ずかしいの?

店長:バイトにシメシがつかないだろ。「店長、店に彼女呼んでるってよ。フウウゥゥ!」とか言われたら立場ないだろ。

美咲:それもそっか。わかった。おとなしくしてる。

店長:頼むぞ。

 弘が来店。

大宮:いらっしゃいませ。お客様は1名様でよろしいですか?

弘:はい。一人です。

大宮:ではご案内します。こちらへどうぞ。

さくら:ちょ、ちょっと、何しに来たの!?

弘:おう、さくら。パスタ食べにきたよ。

さくら:来ないでって何度も言ってたでしょ!

弘:まあそう言うな。

さくら:もぉぉぉ。じゃ、一番奥の席でいい? そこで大人しくしてて。

弘:ああ。どこでもいいよ。

さくら:(棒読み)1名様ご案内しまーす。こちらへどうぞー。


大宮:ねぇ、さくら。さっきの、さくらのお父さん?

さくら:うん。恥ずかしい。もう最悪。

大宮:俺、挨拶行ったほうがいいのかな。

さくら:ええっ、なんて言うの?

大宮:さくらさんとおつきあいしてますって。

さくら:恥ずかしい! 絶対行かないで。お父さんのテーブルには私だけが行くから。

大宮:わかったよ。

店長:なになに、どしたの?

大宮:さくらのお父さんが来てるんです。84番に。

店長:え、さっきのおじさん? あの人、川口さんのお父さんなの!? ってことは、あかねさんのお父さんってことだよな!?

大宮:そうなりますね。

店長:なんで来たんだよ!? 娘が働いてるところを見に来たのか!?

さくら:たぶん違います。目的は店長です。

店長:俺!?

さくら:実は昨日のことなんですけど・・・。

■回想 昨日の川口家

弘:さくら、ちょっとこっちこい。

さくら:なに、お父さん?

弘:あかねのことなんだけどな。

さくら:お姉ちゃん? どしたの?

弘:今日、土曜日だろ。あかねは一日中ずっと家にいたぞ。

さくら:お姉ちゃんも仕事休みで予定なかったんじゃないの?

弘:あいつももう30だろ。

さくら:まだ29。そこ大事だからお姉ちゃんの前で絶対間違えないでね。

弘:彼氏はいないのか?

さくら:あー。

弘:いるのか、いないのかどっちなんだ?

さくら:別にいいじゃない。どっちでも。どうしたのお父さん。今までそんなこと聞いたこともなかったのに。

弘:まだ早いと思ってたんだがな。そう言えば母さんと結婚したのは28の時だから、あいつもそろそろかなぁと思ってな。

さくら:ふーん。

弘:で、どうなんだ?

さくら:私が言ったってお姉ちゃんに言わないでよ?

弘:わかった。内緒にするから教えてくれ。

さくら:3ヶ月前から私がバイトしてるパスタ屋さんの店長とつきあってる。土曜日はお店忙しいから、デート出来ないんだよ。きっと。

弘:店長って、どんな奴だ?

さくら:まあ悪くはないかなぁ・・・。

弘:そいつはあかねを幸せにする気はあるのか?

さくら:結婚は考えてるみたい。でも店長を「お義兄さん」って呼ぶの嫌だなぁ。

弘:そうか。まあ、そういう相手がいるならひと安心だ。ひと安心だが・・・。

■回想終わり

さくら:なんてことがありまして、だからたぶん、お姉ちゃんの彼氏の顔を見に来たんだと思います。

店長:うえええええ!

さくら:ホント、ウチの家族って最悪。

店長:それは困るよ!

さくら:どうしてですか? 「おつきあいしてます」って言ってくればいいじゃないですか。

店長:無理だよ!

大宮:店長、いっそのこと、正直にお父さんにぶちまけたらどうですか。娘さんとは遊びでしたって。

店長:(食い気味に)言えるわけねぇだろ、そんなこと!

さくら:え、何が?

店長:川口さん、お父さんの対応は全部任せるから。頼むね。

さくら:わかりました。言われなくてもそのつもりです。


店長:美咲、ちょっといいか。

美咲:なに? 他人の振りするんじゃないの?

店長:今日は帰ってくれ。

美咲:えええ、何で? 今パスタ注文しちゃったのに。

店長:お前がいたら緊張して仕事にならないんだよ。頼むよ。

美咲:(笑)気にすることないって。いつもどおりに仕事してる誠をチラ見してるだけだから。

店長:それが嫌なんだよ。このままじゃ、緊張して、手が震えて、お客の頭にアツアツのパスタをぶちまけてしまうかもしれない。

美咲:じゃあ、パスタ食べたらすぐに帰るから。それでいいでしょ?

店長:(悩む)ん〜〜。

美咲:もう頼んじゃったし。

店長:わかった。それでいいよ。食ったらすぐ帰れよ。わかったな。

美咲:私のこと邪魔なの?

店長:そうじゃねぇよ。そんなわけねぇだろ。(小声で)愛してる。

美咲:(笑)もう。マジメに仕事しなさい。

店長:わかってるよ。


店長:(ため息)

弘:ああ、店員さん。

店長:はい。(弘を見て)うわああああ!

弘:何をそんなに驚いているんだ。

店長:ななななななんでもありませんでございます。今日はいい天気ですねぇ。絶好のパスタ日和。パスタを食べるにはもってこいの一日ですよね。そう思いませんか。思いますよね。あは。あはははは。

弘:何を言ってるんだ。

店長:なんでもありませんよ〜。あははははは。

弘:何がそんなに面白いんだ。すいません。トイレはどちらですか。

店長:ああ、はい。あのドリンクバーの隣に案内が見えますか? そこをグイッと右にいくとございます。グイッと。

弘:ありがとう。あ、それと。

店長:な、ななななんですか!?

弘:ここの店長ってどなた?

店長:(息を呑んで)・・・店長ですか? 店長は・・・えーーーーっと、ほら、あの人(大宮)です。イケメン店長。

弘:(大宮を見て)ああ。入口で案内してくれた彼か。あれが店長だったのか。君はアルバイト?

店長:はい。アルバイトです! しがないただのアルバイトです。大学生です。

弘:大学生にしてはずいぶん老けて見えるが・・・。

店長:5年浪人して入った大学の8年生なんです。来年こそは卒業出来るんじゃないかなぁ。

弘:こんなとこでバイトしてないで勉強したらどうだ?

店長:はい。おっしゃるとおりですね。あははははは。

弘:まったく。笑ってる場合じゃないだろう。君のご両親が泣いている姿が目に浮かぶよ。


さくら:お待たせしました。日替わりランチAでございます。

美咲:はーい。

さくら:ごゆっくりお召し上がりください。

美咲:あ、すいません。

さくら:はい。

美咲:あなた、店長さんのことどう思ってる?

さくら:はい? 店長ですか?

美咲:私、知り合いなのよ。

さくら:あ、そうなんですね。まあ、割といい店長だと思いますけど。

美咲:つきあってる彼女のこととか聞いてる?

さくら:あー、はい。まあ、一応。仕事忙しいから毎日ラインしてるみたいです。

美咲:毎日はしてないよ。

さくら:(姉と)結婚とか考えてるのかなぁ。

美咲:(私と)真剣に考えてると思う。

さくら:なんでわかるんですか?

美咲:(私に)もうプロポーズしてるかも。

さくら:ええええ。(姉と)結婚しちゃったら嫌だなぁ。

美咲:なんであなたが嫌なの?

さくら:だって店長のこと、『お義兄さん』って呼びたくないし。

美咲:え、それどういうこと?

さくら:あ、すいません。また後で。(別の客に)はい、お伺いいたします。


弘:ちょっといいかな?

大宮:はい、お伺いいたします。

弘:私のことは聞いてるかな。その、ここでアルバイトしている・・・。

大宮:あぁ、はい。川口さんのお父さんですよね?

弘:実はそうなんだ。君はウチの娘(あかね)とつきあってるんだろう。

大宮:えええ! 俺のこと知ってたんですか!

弘:まあね。

大宮:はい! (さくらと)おつきあいさせてもらってます!

弘:(笑)そんなにかしこまらなくてもいいよ。つかぬことをお聞きするんだが、君はうちの娘との結婚を考えているのか?

大宮:け、結婚ですか!?

弘:いきなりこんなこと聞いてすまない。でも、ほら、うちの娘もそろそろいい年だから。

大宮:いや、まだまだ若いですよね。

弘:ああ今の時代はそうかもしれんな。君はずいぶん若く見えるが、うちの娘より年下なのか?

大宮:同い年です。

弘:(軽く驚く)そうなのか。若く見えるよ。まあ男のほうはなぁ、結婚は遅くてもいいし、まだまだ遊びたい時期かもしれんな。だがな、娘とのこと、真剣に考えておいてくれ。今日はそれだけを言いにきた。

大宮:あの、俺、真剣に考えてます! いつか結婚したいって思ってます!

弘:(笑)そうか。君はなかなかの好青年だな。君みたいな男が娘の相手でよかったよ。

大宮:ありがとうございます!

弘:娘のこと、よろしく頼むよ。

大宮:はい!


店長:あ、川口さん、ちょっといい?

さくら:はい。なんですか?

店長:ちょっと、俺と大宮、抜けてもいいかな?

さくら:どうしたんですか?

店長:ほら、あの、対策会議というか、打ち合わせをな。

さくら:打ち合わせ? はい、わかりました。

店長:ごめんね。おい、大宮! こっちこい。

大宮:はい。なんですか店長?

店長:一緒にバックヤードに来い。

大宮:はい、わかりました。


弘:(唸る)あかねの彼氏はなかなかのイケメンだったな。さすが我が娘。いい男を捕まえたじゃないか。それに比べて、さっきのアルバイトの男は最悪だった。あんなのが相手じゃなくて本当によかった。

■バックヤード

大宮:で、どうしたんですか?

店長:お前、これからこの店の店長だから。よっ、イケメン店長! おめでとう!

大宮:は? どういう意味ですか?

店長:さっき川口さんのお父さんに声かけられて、とっさに嘘ついたんだよ。お前が店長で、俺はアルバイトってことになってる。

大宮:なんでそんな嘘ついたんですか!

店長:あかねさんとこれから別れる予定なのに、その父親になんて言えばいいんだよ。「実は二股かけてて、もう一人の彼女と今度結婚するんですよ。その彼女ってのが、あっちのテーブルにいるんですけどね。だから、あかねさんとは別れます」なんて言ったらぶっ飛ばされるぞ。

大宮:確実に殺されますね。

店長:だろ? それに今、美咲が来てるだろ。もし俺が二股してることがバレたら大変なんだ。

大宮:結婚の話はなくなるでしょうね。

店長:それだけじゃない。もし美咲にバレたら俺の息子が切り落とされるんだ。

大宮:そんな約束してるんですか? アソコを切られるのかぁ。(笑)痛いだろうなぁ。

店長:笑い事じゃねぇよ。

大宮:いやいや、いくらなんでもそこまではしないでしょう。

店長:アイツならやりかねないんだよ。なんせ俺には前科があるから。

大宮:ありますもんねぇ。でも席離れてますから、店長がお父さんと何を話しても美咲さんには聞こえませんよ。それに2人は知り合いってわけでもないんだし。

■店内

美咲:あ、川口部長!

弘:近江谷さん、君もこの店に来てたのか!?

美咲:偶然ですね。部長にこんなところで会うなんて思いませんでした。

弘:君の家は確か、ここからいくつか先の駅じゃなかったか?

美咲:はい。今日は色々あって、一人でパスタを食べに。

弘:そうだったのか。

美咲:部長はご家族とお食事ですか?

弘:いやこっちも一人だ。色々あってな。

美咲:じゃあ、後で部長のお席にお邪魔してもいいですか? 話したいことがあるんです。

弘:別に構わないけど、休みの日くらい上司と顔合わせたくないだろ。

美咲:そんなことないです。私が川口部長のこと、そんな風に思うわけありません。

弘:そうか。じゃあ、奥のテーブルにいるから、食べ終わったらこっちにくるといい。

美咲:ありがとうございます。

■バックヤード

店長:そうは言っても、もうお前が店長だって言っちゃったからさ、頼むよ、店長になってくれよ。

大宮:店長のフリをするってことですか?

店長:そう。何か聞かれたら「ちゃんとつきあってます」って適当に答えとけばいいから。

大宮:ええぇ。

店長:あかねさんと別れたら、もうあのお父さんとは二度と会わないから、今日だけ誤魔化せばそれでなんとかなるって。な?

大宮:俺がさくらのお姉さんの彼氏に・・・。いやいやダメですよ。だって俺、さっきさくらのお父さんに挨拶しましたから。さくらとつきあってますって。

店長:なんでそんな勝手なことしてんだよ!

大宮:店長のフリをしたら、妹と姉の両方とつきあってるってことになっちゃいます。

店長:その辺はうまく誤魔化してくれよ。

大宮:いや、無理でしょ!

■店内

美咲:すいませーん。

さくら:はい。どうされました?

美咲:あとで席を移動してもいいですか? あそこの奥の席に。

さくら:奥の席? お父さんのこと知ってるんですか?

美咲:えっ、あなた、川口部長の娘さん!?

さくら:はい。

美咲:私、川口部長の部下なの。部長にはとってもお世話になってて。

さくら:そうなんですね。大丈夫ですよ。今から移動します?

美咲:さっきティラミス頼んだから、それ食べてからでいい?

さくら:はい。食器はそのままでいいですから、伝票だけ持って移動してくださいね。

美咲:ありがとう。それにしても、いくら娘が心配だからって、アルバイト先に押しかけちゃダメだよね。

さくら:ホントそうですよね! 最悪ですよ。もっと言ってやってください!

美咲:(笑)わかった。後で言っておくね。

さくら:(笑)

■バックヤード

店長:いや、ちょっと待って。大宮、お前、いつ川口さんのお父さんと話したの?

大宮:ついさっきです。

店長:ついさっき。ってことは、既に大宮のことを店長の俺だと思ってたわけだから・・・。なんて言われた?

大宮:『娘とつきあってるんだろ』って。

店長:で、なんて答えた?

大宮:『はい。つきあってます。結婚も考えてます』って。

店長:はっはーん。なるほど。なるほどな。つまりはそういうことか。

大宮:は?

店長:大宮ー! グッジョーーブ! お前は俺の知らない所でミラクルを起こすよな!

大宮:どういうことですか?

店長:喜べ。お前は既にお父さんにあかねさんの彼氏だと思われている。

大宮:ええ!? さくらの彼氏じゃなくて!?

店長:これは好都合だ。お父さんが帰るまで、このままお前があかねさんの彼氏ってことにしよう。

大宮:そんな! さくらにバレたらどうするんですか!

店長:言わなきゃバレないよ。頼む。うまく乗り切れたら、これからお前がずっと店長でいいよ。

大宮:いやですよ、そんなの。

店長:賄(まかな)いを永久にタダにしてやる。時給も百円上げてやる。

大宮:それは嬉しいですけど、それ、店長の懐が何も痛んでないじゃないですか。

店長:あーもう。今度、川口さんと旅行に行きたいって言ってたろ。その金、俺が出してやる。

大宮:マジっすか!

店長:俺が払える範囲で払ってやる。それでいいだろ。

大宮:わかりました。約束しましたからね。

店長:とりあえず、美咲が大人しく帰ってくれればいいんだけど。

■店内

美咲:あ、誠と和也くん。休憩してたの?

大宮:そんなところです。

店長:大宮、お客さん待ってる。レジお願い。

大宮:はい、わかりました。

店長:美咲、まだ帰らないのか。

美咲:それがね、聞いてよ誠。昨日話してた、私がすっごくお世話になってる上司の人が奥のテーブルに座ってたのよ。

店長:(嫌な予感)え・・・奥のテーブル?

美咲:(指差して)あの人。

店長:まさか・・・。(奥を見て卒倒)はうああああ! うわ、こっち見てる! ああ、こっちに来た! おキャキャキャキャ、お客様、どうされましたか?

弘:君は相変わらず挙動不審だな。よくそんなので客商売が務まるな。

店長:あは、あははははは。

弘:近江谷さんもその男とあまり喋らないほうがいい。

美咲:(戸惑う)ええぇ。

弘:トイレに行きたいんだが通ってもいいか。

店長:どどどどどうぞ〜。

弘:(ため息をして立ち去る)

美咲:どうしたの誠?

店長:なにが? 俺は普通だけど。

美咲:全然普通じゃなかったよ。なんなのよ、さっきのは。

店長:喉にパセリが挟まってたんだ。もう大丈夫。ちゃんと飲み込んだ。

美咲:ならいいけど、しっかりしてよ。後で紹介しにくいでしょ。

店長:またトイレか? さっきも行ってたのに。

美咲:年取るとトイレが近いのよ。それよりも誠、あの人、川口部長って言うんだけど、披露宴に呼びたいって言ったのは、あの人なんだ。

店長:ダメに決まってんだろ! 絶対に呼んじゃダメだ! お父さ・・・いや、あのオジサンを呼ぶんなら結婚式も披露宴もやらないからな!

美咲:どうしてよ!? 昨日は『いいよ』って言ってくれたのに、誠がブチ切れてる意味がわかんない。川口部長の何がいけないの?

店長:全部だよ! 俺はああいう顔が大嫌いなんだよ。一発でわかる。絶対に仲良くなれないタイプだ。やっぱり呼ぶのは家族だけにしよう。親戚も友達もなしにしよう。

美咲:ええぇ。

店長:結婚したらお金なんていくらあっても足りないだろ。結婚式にお金をかけることないよ。

美咲:誠がそう言うなら仕方ないけど。

店長:よかった。わかってくれて嬉しいよ。じゃあ、そろそろ帰れよ。

美咲:わかってる。もう少しだけ。


さくら:(棒読み)こちらのお皿お下げしてよろしいですかー。

弘:ああいいよ。ごちそうさま。なかなか美味しかったよ。

さくら:ありがと。お父さんの部下の人、あとでこっちに来るって言ってたよ。

弘:ああ。さっき声かけられてビックリしたよ。まさかさくらのバイト先で会社の人間に会うとはな。それはそうと、さっき店長と話したよ。

さくら:あ、そうなんだ。

弘:あかねのこと、幸せにするって言ってた。なかなかいい男だった。

さくら:へぇぇ。店長、そんなこと言ったんだ。

弘:これで肩の荷が一つ降りそうだ。ちょっと寂しいけどな。

さくら:店長がお義兄さんかぁ。やっぱり嫌だなぁ。

弘:さくら、お前には彼氏はいないのか?

さくら:秘密。

弘:まさかこの店で働いてるのか?

さくら:違うよ。

弘:・・・この店にいるのか?

さくら:いないよ。

弘:さくら、私が何年お前のお父さんやってると思ってるんだ。お前の嘘はすぐにわかる。いるんだな、この店に?

さくら:もおおおおお。(ヤケになって)います。この店に彼氏がいますけど、それが何か?

弘:どいつだ?

さくら:さっきからホールに立ってたでしょ。もう見てるんじゃないの?

弘:ホールにいた男は店長(大宮)と、あの変な男(店長)しか・・・。ちょっと待て。お前の彼氏って・・・ホールに立っていて、店長じゃない男ってことは・・・。

さくら:うん。もう一人のほう。

弘:アイツはダメだ! なんでさくらはあんな頭のおかしな男とつきあってるんだ!?

さくら:おかしくないよ。普通だよ!

弘:私は許さんぞ。あんなバカとはさっさと別れてしまえ!

さくら:そんな、ヒドい。私、絶対別れないから!(立ち去る)

弘:ああ、こら、さくら、待ちなさい!(ため息)まったくもう・・・。おい、そこの君、ちょっとこっちに来なさい。

店長:え!? 俺ですか!?

弘:そうだ。早く来なさい。

店長:な、なんなんなん、なんでしょうか〜。

弘:(ため息)こんな男のどこがいいんだ。お前はうちの娘(さくら)とつきあってるそうだな。

店長:うええええええええええ!?

弘:どうなんだ。

店長:・・・(ため息)とうとうバレてしまいましたか。そりゃバレますよね。あの、この度は嘘をついて大変申し訳ありませんでした。

弘:どうなんだと聞いてるんだ。

店長:はい。(あかねさんと)つきあってます。

弘:そうか・・・。まったく。男を見る目がないのは、誰に似たんだか。盲目にもほどがある。悪いが、娘とは別れてくれないか。

店長:・・・へ?

弘:お前みたいな男に私の娘はやれん。

店長:あーーーーー、そーーれはなんというかーー、むしろ好都合? あ、いやいやいや。

弘:頼む。娘と別れてくれ。

店長:別れます。

弘:いくらお前が拒絶しても私の気持ちは・・・って、お前、今、なんて言った?

店長:別れます。すぐに別れます。お父さんがそう言うんでしたら仕方ありません。スパッと諦めます。今すぐにでも別れます。

弘:どうしてそんな簡単に諦めるんだ! 娘のことが好きなんじゃないのか!

店長:そ、そりゃ好きですよ。大好きです。でもお父さんが反対してますから、ご縁がなかったと思って諦めます。いやぁ、残念だなぁ。

弘:男がそんなことでどうする! 相手の親に反対されたからってすぐに諦めるのか! お前には気概というものがないのか!

店長:俺は別れたほうがいいんでしょうか。別れないほうがいいんでしょうか。どっちなんでしょう。

弘:お前のそういうところが私は大嫌いなんだ!

店長:あ、店長が呼んでます。すぐに行かなきゃ。すいませーん!(逃げる)

弘:ああ、こら、待ちなさい!


大宮:さくら、どうしたの?

さくら:和也くん・・・。

大宮:なんで泣きそうな顔してるんだよ。なんかあった?

さくら:お父さんが、彼氏と別れろって。

大宮:お父さんが!? さっきは『娘のことよろしく』って言ってくれたのに。(混乱)あれ? んん? おお? (小声で)お父さんに俺は今、あかねさんとつきあってるって思われてるわけだから・・・。(さくらに)あのさ、さくらの彼氏って誰のこと?

 

さくら:はああ!? 私の彼氏は和也くんでしょ!

 

大宮:だよな。俺はさくらの彼氏。さくらは俺の彼女。

さくら:私、絶対別れない。和也くんと別れたくない。

大宮:当たり前だろ。(小声で)今、どうなってるの? どういう状況?


弘:まったく、あのアルバイトの男は何を考えてるんだ・・・。

美咲:部長、ここ座ってもいいですか?

弘:来たのか。いいよ。座って。

美咲:お邪魔しまーす。(座る)

弘:それでどうした。何か話したいことがあるのか。

美咲:実は報告したいことがありまして。

弘:報告? 仕事の話なら月曜日に聞くよ。

美咲:そうじゃなくて、プライベートなことなんですけど。

弘:(何気なく)なんだよ。まさか結婚するのか? 
 

店長:大宮、もういいぞ。

大宮:店長、どうしたんですか?

店長:俺が店長だってお父さんにバレた。

大宮:バレたんですか!? まあ、そりゃバレますよね。

店長:でも殺されなかったよ。助かった。

大宮:(奥を見て)あー、そうでもないみたいですよ・・・。

店長:何が?

大宮:美咲さんが、さくらのお父さんのテーブルで何か話してます。

店長:あーー、そうだった! あの2人が知り合いだったの忘れてた!


美咲:実はそうなんです。近々、結婚します。

弘:おおお、それはおめでとう!

美咲:ありがとうございます。

弘:幸せそうな顔しやがって。

美咲:昨日、プロポーズされたんです。

弘:そうか。相手は誰だ?

美咲:それは・・・。

弘:営業部の市原か? いや、あいつは加藤を狙ってるから違うか。無愛想な矢澤か? いや、でもアイツは年下好きって言ってたからな。私の知ってる奴か?

美咲:会社の人じゃないんです。でも顔は見てるんじゃないかな。さっき話してたし。

弘:顔を見てる? さっき話してた?

美咲:言ったらきっとビックリすると思います。

弘:もったいぶらずに教えてくれよ。

美咲:私の結婚相手は・・・ここの店長なんです。

弘:・・・あん?

美咲:この店の店長なんです。

弘:なんだとおおおおおおおおおおお!

美咲:そんなに驚かれるとは思いませんでした。

店長:あああ、間に合わなかった!

弘:店長、ちょっと来い!

店長:はい、なんでしょう!

弘:お前のことじゃねえ! 店長を呼んでるんだ、早くこっちに来い!

大宮:え、俺ですか!?

弘:店長は君だろう。さっきそう言ったじゃないか!

大宮:そんなこと言いましたっけ!? (呟き)店長が本物の店長だってバレたんじゃなかったの?

弘:君は私の娘とつきあってるんだろう。

大宮:えっと・・・・娘というと、妹さんのほうですか? それともお姉さんのほうですか?

弘:はっきり答えなさい。さっき『結婚を考えてます』と言っていたじゃないか。

大宮:俺が・・・あかねさんとの結婚を考えていると、お父さんは、そう言いたいわけですね?

弘:そうだ。君まで頭がおかしくなったのか!?

大宮:やっぱりそうか。

店長:(大宮に)え、バレてなかったの?

大宮:(店長に)そうみたいですね。

美咲:和也くん、部長の娘さんとおつきあいしてたの?

大宮:はい。あ、いいえ。あ、はい。

美咲:どっちなのよ?

店長:店長、俺、仕事に戻りますね。後は頑張ってください。

美咲:誠、何言ってるの? 店長はあなたでしょ?

店長:あー、忙しい忙しい!(逃げる)

大宮:ちょ、ちょっと逃げないでくださいよー!

弘:何がいったいどうなってるんだ。ちゃんと説明しなさい。

大宮:だから・・・つまり・・・。

弘:君は私の娘とつきあいながら、近江谷さんともつきあっていた。つまり二股していたということか?

美咲:部長、なに言ってるんですか? この子は和也くんで私の弟の友達・・・。

さくら:お父さん、さっきからうるさい! 和也くんと何話してるの?

大宮:さくら、来ちゃダメだ。これ以上事態をややこしくしないでくれ。

さくら:お父さんには私が接客するって言ったでしょ!

大宮:そうなんだけど、今、お父さんと大切な話をしてるから。

さくら:えっ、大切な話!? まさか、『私のことが好きだから別れたくない』ってお父さんに言ってくれてたの?

弘:・・・あん?

さくら:お父さん。私、お父さんがなんて言おうと、彼のことが好きだから!

弘:なんだとおおおおおお!?

大宮:(頭を抱える)うわああ・・・。

弘:君は・・・妹のさくらにまで手を出していたのか。つまり三股か!?

さくら:三股!?

美咲:部長、何か勘違いされてるみたいですが・・・。

弘:勘違いなわけあるか!

さくら:和也くん、三股ってどういうこと!?

美咲:和也くん、三股で部長の娘さんとつきあってたの? しかも店長ってことは、誠は店長じゃなかったの?

弘:どういうことか、ちゃんと説明しなさい!

大宮:えええええっと、なにからどう説明すればいいのか・・・。今、この状況を説明できる諸悪の根源を連れてきますから。お父さんも、美咲さんも、さくらも、とりあえず落ち着いて。

さくら:美咲さん? それじゃお姉さんは淳一くんのお姉さんだったんですか?

美咲:うん。いつも弟がお世話になってます。

さくら:ってことは、店長の元カノ?

美咲:元カノじゃなくて、今はフィアンセなんだけどね。

さくら:フィアンセ?

大宮:その話は今はいいんだよ!

さくら:何怒ってるの?

大宮:皆さんはここで何も喋らずにじっとしててください。いいですか。何か喋ってこれ以上、ややこしくしないでくださいね。じゃあ行ってきます。(立ち去る)

さくら:和也くん!


店長:あー、忙しい。忙しいなー。

大宮:店長、さっきはなんで逃げたんですか!

店長:店長? 店長は大宮だろ。俺はただのアルバイトだよ。

大宮:現実逃避しないで。

店長:なんのことかなー。

大宮:もう無理です。諦めましょう。

店長:諦めるな! 諦めたら俺の息子が切り落とされるんだ。そんなこと出来るわけないだろ!

大宮:俺はもう降ります。俺が店長であかねさんの彼氏ってことになったら、さくらと結婚する時にお父さんになんて言えばいいんですか。

店長:そんなの何年も先の話だろ。その頃には忘れてるよ。

大宮:忘れてなかったらどうするんですか。とにかく、俺は絶対嫌です! 店長が話さないなら、俺が知ってることを全部ぶちまけます!

店長:ダメだよ! それだけはやめてくれ! (泣く)なんでこんなことに・・・。今日は人生最悪の日だ。

大宮:店長・・・。

店長:わかったよ。俺が全部・・・説明する。


弘:何も喋らずに待てと言われたが・・・どうしたものか。

美咲:部長は何かを勘違いされてるみたいです。

さくら:そうだよ。和也くんが三股なんてするわけないじゃない。

弘:近江谷さんは、ここの店長と結婚する予定なんだよな?

さくら:え? どういうこと? 店長はお姉ちゃんと・・・。

弘:さくらは黙っていなさい。

美咲:はい。昨日、プロポーズされました。

弘:しかし、店長は私の娘のあかねとの結婚を真剣に考えていると言っていた。

美咲:え? 二股してたってことですか?

弘:ああ、そうだ。

さくら:ええええ!

美咲:そんな、嘘でしょ。

弘:それだけじゃない。アイツは妹のさくらにまで手を出していたんだ。

さくら:はあああ? 何言ってるの?

弘:いやちょっと待て。さくら、お前はさっき、店長じゃない男とつきあっていると言っていたな。つまりお前も、店長とあの変な男の両方とつきあって・・・二股かけてたってことなのか。どうなっているんだ、この店のモラルは。

さくら:私は二股なんてしてない。私が好きなのは和也くんだけ!

弘:あんな三股かけてる男のどこがいいんだ!

さくら:だから違うんだって!

美咲:そうですよ。何かの間違いです。誠が浮気するわけありません。だって浮気したらアソコを切り落とすって約束を・・・。

店長:俺が悪かったー! だからそれだけは勘弁してくれー!

美咲:誠、どこ行ってたのよ。

店長:お父さん、すいません。

弘:店長。

店長:はい。

弘:お前じゃないよ。さっきからなんでお前が返事をするんだ。この店には店長が2人いるのか?

大宮:いえ。店長は一人だけです。(店長に)そうですよね?

店長:はい。そうです。

弘:このわけのわからん状態は、全て君が悪いのか。

店長:その通りです。初めから全てを説明しますから、話を聞いてくれませんか。大宮、店のことを少し頼む。

大宮:はい。頑張ってくださいね。(立ち去る)

店長:えー、その前に一つ提案なのですが、一人一人、個別に説明会を開くというのはどうでしょうか。別々のほうがこの複雑な状況をご納得しやすいと思われますが。

弘:ダメだ。皆にわかるように、ここで説明してくれ。

店長:やっぱりダメですか。わかりました。もう覚悟を決めます。

 店長が深呼吸。

店長:まず、この店の店長は私です。彼ではありません。店長は私一人です。そして、こちらの近江谷美咲さんと結婚の約束をしています。で、先ほどの彼がアルバイトの大宮です。彼は川口さくらさんとつきあっているそうです。

弘:(さくらに)そうなのか?

さくら:うん。

店長:そして、あかねさんと私はただの友達です。おつきあいはしておりません。

さくら:はああ!?

店長:あかねさんは何か勘違いをされているのでしょう。

さくら:店長、この前、『結婚を前提につきあってください』ってお姉ちゃんに告白したでしょ!?

店長:しました。確かに告白しました。そしてつきあいました。美咲さんとヨリを戻す前のホンの少しの間です。告白した後、すぐに別れました。あかねさんは素晴らしい女性でした。でも、歯車というか、フィーリングが合わなかったんです。そういうことってありますよね。それに、こんな俺とは不釣り合いの美しい女性でした。あかねさんには俺なんかじゃなくて、もっとふさわしい相手がきっと見つかります。

弘:そうだったのか・・・。

美咲:誠が部長の娘さんとそんなことになってたなんて。二股じゃないんだったら、言ってくれればいいのに。

店長:ごめんな。なんか言いづらくてさ。あは、あはははは。

さくら:ちょっと待って。お父さんも美咲さんも騙されないで。お姉ちゃんは昨日、店長とつきあってるって言ってたよ!?

弘:さくら、お前は黙っていなさい。すまなかったな。恥ずかしながら、あかねはすぐに勘違いをして暴走する悪いところがある。別れた後も君のことが忘れられなかったんだろう。

店長:いえ。悪いのは俺なんです。はっきり態度で示すべきでした。さっきは、あかねさんのお父さんだって聞いて、驚いて、つい嘘をついてしまいました。

弘:そういうことだったのか。

さくら:お父さん、店長の言うことを信じないで。

弘:もういいんだ。話はわかった。今度、あかねと一緒に謝罪に伺おう。

店長:そそそそんなことしなくても大丈夫です。あかねさんには俺がちゃんと話しますから。お父さんは何も聞かなかったことにしてください。

弘:君がそういうならそれでかまわないが・・・。

さくら:美咲さん、こんな人と結婚したら不幸になっちゃうよ!

美咲:落ち着いて。いい店長だって、さっきあなたも言ってたじゃない。

さくら:こんな人だとは思いませんでした。最低です。見損ないました。私、この店、辞めます。もう店長についていけません!

店長:まあまあ、落ち着いて川口さん。

さくら:これが落ち着いていられるかー!

大宮:店長ー!

店長:どうした!?

大宮:さくらのお姉さんが・・・あかねさんが来ましたー!

店長:ぬわんだってえええええええ!

大宮:店長に会いに来たみたいです!

店長:なんでだよ! 奇跡的にうまくいってたのに!

弘:あかねも来たのか。ちょうどよかった。こっちに案内しなさい。店長さんも、近江谷さんもここに座っていなさい。ゆっくり話をしようじゃないか。

店長:あわわわわ・・・!

さくら:店長は逃げないで。ここに座ってください。

店長:でも、店が、仕事がさ・・・。

弘:いいからここに座りなさい。

さくら:お店のことは私と和也くんがなんとかしますから。お父さんと美咲さんとお姉ちゃんと店長。4人でゆっくり話し合ってくださいね。お姉ちゃーん、こっちこっち〜♪店長がお姉ちゃんに大切な話があるんだって。

店長:うわあああああああ!

おしまい。