創作落語「甚五郎の皿」

【登場人物】1名(不問1)
 語り、道具屋、女房、宿屋の4役を演じます。

【ジャンル】落語

【上演時間】30分

【あらすじ】
 新作の古典落語。名工・左甚五郎(ひだりじんごろう)にまつわる物語。

【本編】

 えぇ、しばらくのおつきあいを願います。

 「人は見た目が9割」なんて本が随分前にベストセラーになっていたのを皆さんは覚えていますでしょうか。

 その本を見て思いましたねぇ。人を見た目で判断しちゃいけないと親から教わったのに、それは間違いだったのかと。

 見た目が9割だとすると、不細工の人にはどうしようもないじゃないじゃないですか。もう、これは人生が負け戦ですよ。

 ああぁぁ、私は色男に生まれてホントによかったと思いましたね。

 (笑)まあ、それは冗談ですけれども。そんな本があったかと思えば、最近本屋に行って驚きました。その本のタイトルを見た時、ついに私の時代が来たかと思いました。「人は話し方が9割」。これだ。この本を待っていた。ようやく時代が私に追いつきましたね。

 あぁ、でも、そうするとですよ。見た目が9割で話し方が9割だとすると18割で10割超えちゃってるんですよねぇ。これはどうしたものかと隣の本に視線を移して、さらに驚きました。「人は聞き方が9割」。これで27割。

 あのぉ、人って何割までオッケーなんですか?

 もう訳がわからなくて、店員さんに相談しました。いったいどれが正しいんですか、と。そしたら、「僕のオススメはこれです」と手に取ったのが「人は考え方が9割」。これで36割。

 なんと言いますか、本のタイトルって、なんであんないい加減なんでしょうね。

 それはそれとして、人は見た目で判断しちゃあいけないってのは、今も昔も変わらないようで。馬の毛並みだけを見て馬の値打ちを判断しちゃいけない。「毛を見て馬を相す(けをみてうまをそうす)」なんて言葉もございますが。古道具屋さんの目利きというのも同じで、ガラクタの中から値打ちものを探す、なんてのはなかなか難しいようですな。

道具屋:ただいまぁ。

女房:あら、あんた、朝っぱらからどこ行ってたんだい。お天道様はとっくに昇(のぼ)っちまったよ。

道具屋:あぁ、ちょっとな。

女房:ひょっとして仕事かい?

道具屋:まぁ、そんなもんだい。

女房:ああ。それで、掘り出し物は見つかったのかい?

道具屋:掘り出し物?

女房:あんた道具屋だろ? 珍しい物が売られてないかって、朝早くからどこかに仕入れに行ってたんじゃないのかい?

道具屋:いや。

女房:じゃ、どこに行ってたのよ。

道具屋:ちょいと芝の浜のほうにな。

女房:何しに?

道具屋:何しにって?

女房:あんた道具屋だろ。魚屋でもないのに朝っぱらから浜に行く理由なんてないだろ。

道具屋:だから、落ちてねぇか探してたんだよ。

女房:何を?

道具屋:財布。

女房:えぇ?

道具屋:だから財布だよ。

女房:バカだねぇ。そんな都合よく財布なんか落ちてるわけないじゃないか。

道具屋:いや、この前な、仕事仲間から聞いたんだよ。なんでも、芝の浜で四十二(しじゅうに)両入った財布を見つけた魚屋がいるって話だ。家から一刻も歩けば芝の浜じゃねぇか。もしかしたら、もう一つ落ちてるんじゃねぇかと思ってな。いやぁでも見つからねぇや。そりゃそうだよなぁ。

女房:ホントにバカだねぇ、お前さんは。道具屋には道具屋の稼ぎ方ってものがあるだろう。

道具屋:わかってるよ。毎日毎日うるせぇな。珍しくて高く売れるもんを見つけてこいって言うんだろ。そう簡単に見つかったら苦労しねぇんだよ。

女房:ところがそうでもないんだよ。聞いて。

道具屋:なんだい?

女房:隣町の古道具屋の甚兵衛さん、知ってるだろ?

道具屋:おう、甚兵衛さんがどうしたい?

女房:噂で聞いたんだけどさ。甚兵衛さんが古い太鼓を一分(いちぶ)で買ったらしいんだけど、それを丁稚(でっち)の定吉(さだきち)が店先でハタキをかけていたらね、たまたま通りかかったお殿様がその太鼓を三百両で買ってくれたそうだよ。

道具屋:えええぇぇ、一分が三百両になったってのかい。そいつはすごいね。太鼓の中に五百両も入ってたんじゃねぇのか?

女房:そんなわけあるかい。なんでも「火焔太鼓(かえんだいこ)」って大変珍しい太鼓だったそうだよ。

道具屋:へぇぇぇ。そんなことがあるんだねぇ。

女房:関心してる場合かい。お前さんも道具屋なら物の目利きってのが出来ないといけないよ。ボロに見えても、実際はもの凄い物かもしれないんだ。

道具屋:確かにそうだねぇ。

女房:甚兵衛さんが大儲けできたんだ。あんたもしっかりやんなさい。

道具屋:そうは言ってもなぁ。欲張りは身を滅ぼすって昔から言うだろ。欲に溺れちゃあ、それ相応の報いを受けるんだ。楽して儲けようなんて考えちゃいけねぇよ。

女房:わざわざ芝の浜まで落ちてる財布を探しに行ったあんたが何言ってんだい。

道具屋:そりゃ確かにその通りだ。こりゃ一本取られたね。

女房:大儲けして、私にお化粧道具の一つでも買っておくれよ。

道具屋:年増(としま)のお前が化粧しても、何も変わりゃしねぇよ。

女房:私も若い頃は品川小町と言われたもんさね。ちょいと化粧すりゃ、お殿様だってほっときゃしないよ。「そこの美しい女子(おなご)よ。儂の妾(めかけ)にならんか」なんて言われたら、私も断われないもの。そしたら、あんたを置いてお殿様のところに行くしかないわ。

道具屋:なに馬鹿なこと言ってんだ。そんなことあるわけねぇじゃねぇか。鏡見てから言いやがれ。

女房:そういや、お前さん、こんな話を知ってるかい?

道具屋:知らねぇ。

女房:まだ何も言っちゃいないよ。

道具屋:なんだよ?

女房:仙台の宿場町(しゅくばまち)に、町で一番小さな「ねずみ屋」って宿があってね。そこに泊まったお客が可哀想な主人を見かねて、そこらへんにあった木片から一匹のねずみの置物を彫ったんだってさ。

道具屋:それがどうかしたのかい?

女房:その木彫りのねずみがね、まるで生きてるみたいに動きまわったって言うんだよ。

道具屋:木で彫ったねずみが動き出すわけねぇだろ。

女房:それが本当に動いてるってんで、それを見るために大勢の客が押し寄せて、今じゃあ町で一番の大きな宿になってるって話さ。

道具屋:へぇぇぇ。そんな不思議なことがあるんだねぇ。

女房:そのねずみを彫ったのが、あの、左甚五郎なんだってさ。

道具屋:ああぁ、あの甚五郎か!

 さて、この左甚五郎。皆さんもご存知でございましょう。落語や講談でお馴染み、彫り物の名人でございます。日光東照宮の眠り猫を彫ったことでも有名で、水戸黄門にも何度か出演したことがあるそうですね。

 左利きでノミを扱ったので左甚五郎だという説がもっともらしく広まっておりますけれども、それだけではなく、色んな説があるそうでございます。

 大酒飲みだったそうでして、酒飲みのことを左に党と書いて「左党(さとう)」と呼んでいたことから、その左を取って左甚五郎という説もあれば、飛騨高山の出身だから飛騨の甚五郎、左甚五郎となったという説もあれば、そうじゃなくて名人すぎて右に出る物はいない。お前は左だ。だから左甚五郎だという説もあり、どれがホントかわかりませんが、とにかく凄い人だったそうです。

 なんせ左甚五郎の製作期間は安土桃山時代から江戸時代後期まで300年にも及んでいたそうですから、もしかしたら左甚五郎という名前は世襲制だったかもしれませんし、匠(たくみ)と呼ばれるような職人の代名詞だったのかもしれませんし、もしかしたら、もしかしたらですよ。左甚五郎は300年以上生きていた仙人か何かだったのかもしれません。

 そんな人が作る彫り物でございますから、不思議なことが起こってもおかしくないのかもしれませんな。

女房:それでね。その甚五郎が、この前、神奈川の宿に現れて、東京見物でこっちに向かってるんだってさ。今日あたり、この辺りに来てるんじゃないかって噂だよ。

道具屋:へぇぇ。一度は会ってみてぇもんだなぁ。

女房:馬鹿だね。お前さんなんかが会ってどうすんのさ。挨拶でもするつもりかい?

道具屋:いや、なんか彫ってくれたら、それ、高く売れんじゃねぇのか。

女房:・・・え?

道具屋:いや、だからよ。あの甚五郎が何か彫ってくれたら、お殿様に何百両かで売れたりするかもしれねぇだろ。

女房:・・・それよ! あんた、いつからそんな利口になったの。

道具屋:さっき馬鹿だって言ったのはどの口だい。

女房:あんたと一緒になって、初めてあんたを利口だって思ったよ。

道具屋:そりゃいくらなんでも言い過ぎだろうよ。

女房:よし。あんた、甚五郎を捕まえてきな。

道具屋:捕まえるって、そりゃ物騒な話だね。

女房:縄でぐるぐる巻きにして家に連れてきて、脅してでもなんでもいいから何か彫ってもらうんだよ。

道具屋:そんなにうまくいくかねぇ。第一、顔も知らねぇのにどうやって探すんだ。お前は知ってんのかい。

女房:知るわけないじゃないか。でもね。特徴は噂で聞いてる。

道具屋:噂?

女房:そうよ。

道具屋:さっきから疑問だったんだけどよ、お前のその噂の出どころってのは、いったいどこなんだ?

女房:女ってのはね、昔から噂話が好きなのよ。

道具屋:ああ、そうかい。ま、いいや。で、その特徴ってのは?

女房:左甚五郎は大酒飲みで、日に三升(さんじょう)の酒を飲むらしいわよ。

道具屋:見た目じゃねぇのかよ。

女房:そして、懐にノミを持ってる。

道具屋:彫り物師なんだから、そりゃノミの一つも持ってるだろうよ。それだけじゃわかんねぇや。顔は? 人相はどんなだい。

女房:それは知らない。

道具屋:そこ大事とこだよ。じゃあ、格好は?

女房:神奈川の宿に泊まった時は、ボロボロの貧相な着物を着てたそうだよ。

道具屋:着物にはこだわらねぇってことか。

女房:そうじゃなくて、一文無しだったみたい。

道具屋:名人なのに貧乏ってことか。他には?

女房:それだけ。

道具屋:それだけ? それでどうやって見つけろってんだ。

女房:あんた、宿屋の惣兵衛さんと仲が良かっただろ?

道具屋:おう。まぁな。惣兵衛は一緒に酒飲んで碁を打つ仲だ。それが?

女房:惣兵衛さんの宿に泊まってるかもしれないよ。甚五郎が。今。

道具屋:ここいらに宿がいくつあると思ってんだ。そんな都合よく泊ってるわけねぇじゃねぇか。

女房:ものは試しだい。惣兵衛さんの宿に行ってみな。それで駄目なら、そこらの宿屋から甚五郎を見つけだすんだよ。ほら、行っといでぇ。

 と急かされて道具屋の主人は惣兵衛が営む宿に向かいます。

道具屋:ええっと、甚五郎は大酒飲みで、日に三升の酒を飲む。それからノミを持っていて、ボロボロの着物。一文無し。そんな都合よく見つかるかねぇ。だいたい一文無しじゃ、どうやって宿賃(やどちん)を払うってんだい。いるわけねぇじゃねぇか。ごめんくださいまし。ああ、番頭さん、旦那はいるかい? あ、すまないねぇ。ああ、いいんだ、いいんだ。お茶なんか出さなくていいんだよ。

宿屋:ああ、はいはい。おお、辰さん、どうしたい。今日は碁の約束はしてねぇだろ。

道具屋:そうじゃねぇんだ。ちょいとお前さんに尋ねたいんだがよ。

宿屋:なんだい藪から棒に。

道具屋:ここに左甚五郎は泊ってないかい?

宿屋:左甚五郎?

道具屋:知らねぇのかい?

宿屋:知ってるけど、泊ってないよ。

道具屋:本当かい?

宿屋:そんな嘘ついてどうすんだい。泊ってねぇもんは泊ってねぇよ。

道具屋:そうか。ま、そんな都合よくはいかねぇよな。

宿屋:惜しい奴はいたけどな。

道具屋:惜しい?

宿屋:泊った客の名前は宿帳に全部書いてある。ちょっと待っとくれよ。(探して)あああ、あああ、あ、これだ。ほら、飛騨の甚五郎。

道具屋:飛騨の甚五郎? 飛騨の甚五郎・・・。ああ、そうか。違うな。

宿屋:ああ。

道具屋:惜しいな。飛騨の甚五郎。左甚五郎。一文字違いか。

宿屋:ああ、一文字違い。惜しかった。

道具屋:・・・ん?

宿屋:・・・お?

道具屋:・・・え?

宿屋:・・・は?

道具屋:そいつだよ。

宿屋:何言ってんだ。名前が違う。

道具屋:左甚五郎は飛騨高山の生まれなんだよ。そいつが左甚五郎だ。間違いねぇ。

宿屋:そうかい?

道具屋:この宿に泊まってるのか?

宿屋:いや。

道具屋:宿帳に書いてあるってことは、この宿に泊まってるんだろ。さっきお前がそう言ったじゃねぇか。隠すとただじゃおかねぇぞ。場合によっちゃあお前も縄でふんじばってやる。

宿屋:物騒だね。そうじゃない。隠してるわけじゃないんだ。一昨日、昨日と泊って、今日の朝早く、ここを発(た)ったよ。

道具屋:なんだとぉ! もういねぇのかい?

宿屋:ああ。もういない。

道具屋:聞いた話が遅かったってことか。どうして縄で縛っておかなかったんだ。

宿屋:宿屋が客を相手にそんなことしたら、それこそお縄になっちまうよ。でも本当にあの人が左甚五郎だったのかい?

道具屋:そいつ酒を飲んでたか?

宿屋:日に三升の酒を飲んでたね。

道具屋:懐にノミを持ってたかい?

宿屋:ああ、持ってたね。大事に懐に抱えてたよ。

道具屋:着物はボロボロだったかい?

宿屋:ああ、汚れた着物を着ていたね。

道具屋:じゃあ、間違いねぇ。本物だ。

宿屋:そうだったのかい。

道具屋:お前さんも宿屋なら人の目利きってのが出来ねぇといけねぇよ。ボロに見えても、実際はもの凄い人かもしれねぇんだ。

宿屋:確かにそうだねぇ。

道具屋:いや、ちょっと待て。そいつは一文無しじゃなかったのかい。宿賃はどうやって払ったんだ。

宿屋:金は持ってたよ。宿賃と酒代で一両三分二朱(いちりょうさんぶにしゅ)のところを二両払ってくれた。

道具屋:そりゃ気前がいいね。じゃあ別の奴か。

宿屋:私も気になってね。「こんなボロの着物なのにどうしてそんなに羽振りがいいんですかい」って聞いたんだよ。そしたら、神奈川の宿で越中守(えっちゅうのかみ)に竹の水仙を売ったと言っていた。なんのことかよくわからねぇが、それで金は持ってたらしい。

道具屋:竹の水仙? そりゃ、ひょっとして、左甚五郎が御上(おかみ)に献上したっていう、あの竹の水仙か?

宿屋:そうなのかい? お前さん、詳しいね。

道具屋:こちとら道具屋でぃ。左甚五郎の竹の水仙と言やぁ、千両万両の価値があるって話だ。

宿屋:じゃあ、やっぱり本物か?

道具屋:間違いねぇ。ああぁ、もう発っちまったのか。今、どこにいるんだろうな。

宿屋:その左甚五郎を見つけて、お前さん、何をするつもりだ?

道具屋:何か彫ってもらうんだよ。それを売れば大儲けできるじゃねぇか。そんなこともわかんねぇのか。

宿屋:彫ってもらう・・・。

道具屋:都合よくお前さんが何か彫ってもらってるなんてこと、あるわけねぇもんなぁ。

宿屋:ああぁぁぁ・・・。

道具屋:ああぁぁってなんだい。

宿屋:あるよ。

道具屋:あん?

宿屋:あるよ。彫ってもらった。

道具屋:あんのかい!? そりゃ、どういった代物だ。

宿屋:昨日の夜な、その客に酒と刺身を頼まれたんだが、手が空いてるのが誰もいなくて、私が届けたんだ。「この宿の主人です」と挨拶したら、一緒に飲まないかと誘われて、そうですかと一杯つきあったんだが、その客が立ち上がった時にふらついて、刺身の乗った皿の上に足を落として、皿を割っちまったんだよ。で、「すまなかった。弁償する」と言われたんだが、安物の皿なんで気にしないでくださいとお断りした。「じゃあ、これくらいの板はないかい」と言われたんで、一尺ほどの板っきれを渡した。そしたら、夜中にコツコツコツコツとノミを打つ音が聞こえて、今朝、宿を発つ時に、「よくしてくれたお礼だ。これに刺身を乗せて食べるといい」と四角い木の皿を貰ったんだ。

道具屋:そそそ、それは今、どこにあんだい?

宿屋:ああ、ちょっと待っとくれよ。おい、番頭さん、あっちに置いたさっきの皿、持ってきてくれないかい。ああ、それだそれだ、すまないねぇ。これがその皿さ。

道具屋:これが、あの! ちょいと手にとってもいいかい?(皿を受け取って)おおぉ、四角い皿だ。刺身を乗せるような普通の皿だな。んんん? この皿、でこぼこしてねぇか。刺身の皿っつったら、つるりとしてるもんだろう。こりゃずいぶん不格好だね。

宿屋:そうなんだよ。受け取ったはいいけど、どうしようかと思ってたんだ。あのお客さん、ずいぶんとお酒が入っていたからねぇ。

道具屋:とても名人の仕事とは思えねぇなぁ。

宿屋:やっぱり、甚五郎じゃあなかったんじゃねぇか。

道具屋:そうかもしれねぇなぁ。

宿屋:辰さんにそれ二十両で売ってやるよ。

道具屋:馬鹿言うなぃ。こんな皿、二十両で買う馬鹿がどこにいるんだ。

宿屋:いやいや。ひょっとすると本物かもしれねぇぞ。いや、あれは本物だったね。そんな気がしてきた。

道具屋:調子のいい野郎だな、まったく。じゃあ、一分(いちぶ)で引き取るよ。

宿屋:たった一分かい?

道具屋:一分でも高ぇくらいだ。

宿屋:この皿が千両に化けるかもしれねぇぞ。

道具屋:んなことあるわけねぇだろ。よしわかった。これがいい値で売れたら儲けは半分だ。それでいいだろ。

宿屋:ああ、かまわないよ。せいぜい、うまく商売してくんな。頼んだよ、辰さん。

道具屋:おう。じゃあまた来るよ。

 そうして宿屋の惣兵衛から木の皿を受け取って家に帰ってきました。

道具屋:ただいま。

女房:おかえり。どうだったい。

道具屋:ああ、これこれ、こういうわけでな。

女房:それでそんな変な皿を一分で引き取ったって言うのかい。馬鹿だねぇ、お前さん。こんな皿が名人の仕事なわけあるかい。そいつはただの酔っぱらいが彫ったガラクタだよ。

道具屋:やっぱりお前もそう思う? 売れねぇよなぁ、こんな皿。

女房:それがわかってて、どうして一分も出したのよ。

道具屋:仕方ねぇじゃねぇか。ま、今回は惣兵衛に貸しを作ったってことで、そのうち珍しいものを寄越してくれるかもしれねぇやな。それより、昨日お隣からを鯵(あじ)を貰ってたろ。刺身にしてこの皿に乗せてくれよ。

女房:今かい?

道具屋:あの鯵、早く食わねぇと悪くなっちまうよ。舌がぴりりとする刺身ってのは、どうもよくねぇ。せっかくだ。今、食っちまおう。

女房:あいよ。ちょっと待っとくれ。

道具屋:やれやれだ。今日は朝っぱらからよく歩くね。

女房:ひゃあああ! お前さん、ちょっと来ておくれ!

道具屋:ど、どうした!?

女房:鯵の切り身を皿の上に乗せたとたん、切り身が踊りだしたんだよぉ!

道具屋:何を言ってんだ。

 と道具屋の主人が皿を見ると、皿に乗せた刺身がピチピチと跳ねております。

道具屋:おお、おお、おお、おおっ。こりゃどういうことだい。ずいぶん活きのいい刺身だね。

女房:刺身が動くわけないだろ。

道具屋:こりゃいったいどうなってんだ。

 ピチピチと跳ねる刺身を一切れ指先で捕まえてひょいと持ち上げると、小魚のようにぷらりぷらりと揺れております。

女房:ちょ、ちょっとお前さん、それを食べるのかい?

 道具屋の主人がそれをぱくりと口に入れ、もごもごと口を動かした後、目を大きく開きました。

道具屋:(美味い様子)・・・うめぇ。

女房:ええ?

道具屋:こんな美味ぇ刺身を食ったのは生まれて初めてだ。お前も食ってみろ。

 と言われて女房も恐る恐る一切れ摘んで口に入れる。

女房:(美味い様子)・・・うまぁい。鯵ってこんなに美味かったのねぇ。

道具屋:おいおい、こりゃ、ひょっとするぞ。

女房:何がだい?

道具屋:この皿は刺身が美味くなる皿なんだ。こんな不思議なことが出来るのは名人、左甚五郎しかいねぇ。この皿は本当に甚五郎が彫ったものなんだよ。

女房:たたた大変じゃないか。じゃあこの皿が何百両にもなるってのかい。でかしたよ、お前さん、大儲けじゃないか。

道具屋:これが名人の仕事かぁ。流石だねぇ。

 左甚五郎が彫った皿だと思って見てみると、木目(もくめ)の波と皿のでこぼこが見事に調和し、まるで海を四角く切り取ったように見えてくる。なるほど確かに名人の仕事だと道具屋の主人が頷いた。

道具屋:するってぇと、魚は刺身になってもこの皿の上で海を思い出して生き返るってわけかい。こりゃすごいねぇ。

女房:いくらで売れるかねぇ。

道具屋:これ、売っちまうのか?

女房:当たり前だろ。なに言ってんだ。

道具屋:この皿があれば、いつでも美味い刺身が食えるんだぜ。

女房:三百両で売れたら、いくらでも刺身が食えるだろ。

道具屋:そりゃそうか。あ、いやいや、高く売れたら儲けは惣兵衛と半分にする約束なんだ。

女房:そんな約束、反故にしちまいな。

道具屋:そんなわけにはいかねぇよ。欲に溺れると、ろくなことにはならねぇよ。

 それから二人は皿に乗せた刺身を平らげ、きれいに洗って箱に入れる。明日、お殿様が住むお屋敷に行ってみようと、その日は床(とこ)につきました。

 その夜、女房は目を覚まします。というより一睡も出来ませんで。そりゃそうでしょうな。明日になれば大金持ちになるかもしれない。隣でぐっすり寝ている夫の気がしれない。

 そーっと布団から抜け出して、布団のそばに置いた箱を開け、中から木の皿を取り出す。この皿が三百両、いや、千両で売れるかと思うと呑気に眠ってなんていられません。


女房:それにしても不思議なお皿だねぇ。死んで刺身になった魚が生き返るってんだから。この皿の上に乗せると時が遡(さかのぼ)るってことなのかねぇ。

 そう考えて、ふと、あることを思いつきました。

女房:ひょっとして、私がこの皿の上に乗れば、若返るんじゃないのかい?

 一度思いついてしまったからには試さずにはいられません。
 皿を床に置き・・・そおっと足を・・・皿の上に・・・乗せる・・・。

道具屋:(女房を叩く)おい、起きな。いったいお前はどういう寝相をしてるんだい、まったく。今日はお殿様のところに皿を持ってくんだろ。早く支度を手伝っておくれ。

 そこまで言って、布団のそばに置いた箱が開いていることに気がつきました。

道具屋:ああっ、皿がない!

 周りを見渡し、女房の足元でそれを見つける。

道具屋:あああああ! 皿が真っ二つに割れてやがる。さてはお前がやったのか。おい、早く起きやがれ。こりゃいったい、どういうことだい。

 何度も女房の頬を叩いて、それから気がつく。

道具屋:・・・息をしてねぇ。ああぁ、なんてこった。だから言ったじゃねぇか。欲じゃなくて皿に溺れやがった。

 左甚五郎、刺身の皿の一席でございます。


 終演