永禄3年(1560年)
美濃国のとある山中

重治:天狗よ! 天狗はおらぬか! 出てこい、天狗よ!
天狗:うるさいぞ。何じゃ小童。
重治:貴様が天狗か。
天狗:いかにも。ほう。お前の顔によく似た男に会うたことがある。誰じゃったかのう。そうじゃ。確かこの儂が棲まう菩提山に城を建てよった重元だ。彼奴の顔によう似ておる。
重治:儂は重元の子、重治じゃ。
天狗:そうか。重元は死んだか。
重治:……ああ。そのとおりじゃ。
天狗:そろそろじゃと思うておった。
重治:今は儂が菩提山城の主じゃ。間際の父が教えてくれた。「己が命を捨てるほどの真の願いがあるならば、貴様も天狗に会うがよい」と。
天狗:それで儂に会いに来たのか。
重治:寿命を半分差し出せば、どのような願いも叶えてくれると聞いた。
天狗:ああ、そうじゃ。お前はその覚悟があると申すか。
重治:もちろんじゃ。
天狗:(笑)愚かよのう。
重治:なんじゃと。この儂を侮辱するか!
天狗:そういきり立つな。お前の刀なぞ、ちっとも怖くはない。重治、お前の父、重元が何を願うて命の半分を儂に差し出したか聞いてはおらんのか。
重治:父上は、いったい何を願ったのだ。
天狗:お前の命よ。
重治:なっ!? 
天狗:あれは十五年も前のことじゃ。病に伏せる息子を助けてほしいとお前の父が儂に会いにきた。病を治すなど儂には容易いことじゃ。儂は彼奴の命を半分貰い、お前の病を治した。
重治:父上が、この儂を助けるために……。それは誠か?
天狗:ああ。彼奴がこの山に城を築いた時には驚いたわい。偶然か、この儂を見張るためか、もしくは殺す機会を伺っておったのか。今となっては知りようもないが、何か考えがあったのかもしれんのう。
重治:……。
天狗:それはさておきじゃ。せっかく、父から貰った命。その半分を差し出すほどの叶えたい願いとは、いったいなんじゃ。
重治:……儂は……。
天狗:それとも、命が惜しくなったか。ならばここを立ち去れ。
重治:嫌じゃ。
天狗:ほう。
重治:儂は、たとえ父上から授かった命であったとしても、叶えたい願いがある。
天狗:して、その願いは?
重治::儂は、この戦乱の世を憂いておる。先の長良川の戦でようわかった。もう戦はこりごりじゃ。儂の願いは天下泰平。天狗よ、お願いじゃ。戦のない世を作ってくれ。
天狗:天下泰平か。貴様の命に釣り合わぬ大きな願いじゃのう。それになんじゃ。作ってくれじゃと。戦のない世を作るのであれば、貴様がそれを成し遂げればよかろう。
重治:無理じゃ。
天狗:儂が力を授けてもか。
重治:儂の寿命は半分になるのであろう。であるならば、持ってあと二十年じゃ。儂が死んだ後にまた国が荒れては元の木阿弥。それでは駄目なのじゃ。
天狗:ではどうすればよいのだ。
重治:儂は天下を納めるに足るお方の力となりたい。そのお方が少しでも早く天下泰平の世を作るために、儂はこの命を使いたい。
天狗:なるほどのう。よかろう。願いを聞き入れた。お前の寿命を半分もらい受ける。はあっ!
重治:(激痛)ぐ、ぐぅぅっ!
天狗:代わりとして、神算鬼謀の智を授ける。それっ!
重治:(頭痛)あああっ!
天狗:その知恵をもって日輪の子の助けとなるがよい。
重治:(荒い息の後)日輪の子?
天狗:今はまだ蛍の如き儚き光よ。しかしその者は後に太陽の如き輝きを持つ大きな器を持っておる。
重治:そのお方はどこにおるのじゃ。
天狗:それは教えられん。寿命をもう半分差し出せば教えてやろう。
重治:なら結構じゃ。
天狗:お主に見つけられるかのう。
重治:儂が探す必要はない。稲葉の山の城を儂が落として見せれば、そのお方が儂を見つけてくれようぞ。
天狗:そうか。ならばやってみるがよい。
重治:天狗よ、世話になったな。
天狗:重治。
重治:なんじゃ。
天狗:お前はこれからは半分の半じゃ。半兵衛と名乗るがよい。
重治:半兵衛か。よし、わかった。これから儂の名は半兵衛じゃ。

重治が刀を抜いて天にかざす。

重治:日輪の子よ、竹中半兵衛はここにおるぞ。早く儂を見つけ出せ!