やったー!
やっと退院!!!
9月に入り熱が続いていたが38、0を超えることなく
解熱剤を使うほどでもなく自宅待機していた。
9月7日の夜にしんどくて、救急車を呼ぶも
「コロナなんで、受け入れてくれる病院がなく、ここから1時間走るか?
2時間走るか?わからないですが愛知県内の病院に行くことになりますがいいですか?」
と救急隊員に言われ、
多分、明日か明後日には帰って来れるのに、1時間も走ると電車も分からないし。。。
どうやって帰ってくるのか?不安。
「わかりました、すこし、様子をみます」と帰っていただく。
この時の救急隊員の方が
「何かあればまたすぐに連絡くださいね。約束してください。すぐに連絡してくださいね」
と言ってくださり
8日朝方、たまらなくなり躊躇することなく119へ連絡できた。
この、隊員のこの一言がなければ、わたしはマンションで最期をむかえていただろう。
救急隊員の方が
「先ほどと同じ話になりますが、ご了承いただけますか?」
構いません。どこでもいいです。というと病院と連絡を取ってくださり
「ここから15分のところの○○医療センターが受け入れ🆗なのでそこにいきます」
と、マンションを出るのだが、立ってられなく、救急車にも抱えてもらって乗り込んだ。
と、ここまでは記憶あり、
そこから
意識が戻るまでに11日間。
意識が戻る時に
両手を縛られて身動き取れず、動きたいのに動けない。
口と鼻を顔いっぱい機械で固定されて苦しい。
近くではTVの音(幻聴)うるさいなぁ。。。
こんなに苦しいのに。。。TV消してくれたらいいのに。。。
動こうとしても動かない。
横で女の子が大笑いしている(幻聴)
「今から数を数えるので1の時だけ手に力を入れてください」
「1、3、7、1、2、8、4、1、」
なんのことか?分からず言われるたびに手を握る。
指示に従えない思考。
4人が目の前にいて
「ここどこだかわかりますか?○大のICUですよ!」
へぇーそうなの、うるさいなー・・・←わたしは夢だと思っている
「今から挿管を抜くから、自分で呼吸してね!!」
あーこの苦しいのは挿管なのか!早く抜いてくれ。
「わかった?自分で呼吸するんだよ」
早く抜けよ!
このやりとりが5分くらい続く。
やっと抜管。
鼻と口に大きなもので固定されていたものが、取れてすごく楽になった。
「呼吸して!」「呼吸して」と青い服を着たDRが大きな声で何度も言う。
うるさいなぁ。。。ったく。。←まだ夢だと思っている。
真っ暗な中にポツンと一人、置かれていて、
目を閉じると幻覚が見える、
次々と派手な三輪車が何百台も見え、それを売っているのか?
ノボリが見える、気分悪いと目を開けるとあたりは真っ暗。
目を閉じると、柄の悪い下町の関西人がこれまた何百人と・・・
みんなピンク色の柄の服を着ている。
気分悪い。
今度は外国のようなところでお祭りなのか?
また人がたくさんいる
目を閉じるといろんなものが見え吐き気がする。
気分悪くなって吐いた。
あれ?吐いた感触、味がリアルにある。
しかしまだこれは夢を見ているんだとおもっていた。
師匠がよく、今のままで死ぬと苦しむことになる。
だから自我をクリアするんだ、
と言ってた。
わたしは師匠の催眠で今、死を体験しているんだ。
だから、こんなに苦しいんだ。
とおもっていて。
ふっと見ると自分の体が見えた。
手は腫れていて、感触も鈍い、この手はわたしの手じゃない。
すごい内出血
足もパンパンに腫れている、
太ももが見えた、内出血が広範囲にあり、。。。
わたし自殺したのか?
どこから飛び降りたのか?
手がかすかに動くが、この手はわたしの手ではない。
これは夢なんだ。夢から覚めないと、
時計が見えた。
リアルな夢だなぁ、
青い服を着たドクターが来た
「ここはどこだかわかりますか?○大のICUですよ」
またかよ。どこだよ○大って、○大な訳ないじゃん。
何が苦しかったのか?今では思い出せないがとにかく苦しくて
叫びまくっっていた。
看護婦さん、来て!手を握って!
手握って、看護婦さん、看護婦さん!って連呼していた。
手を握ってもらったのが温かくて、
え?これ?夢にしてはリアルすぎん?
早く夢から覚めないと苦しすぎる、
動かない手を伸ばしてベッド脇にある柵を揺らしてみた。
カタカタカタ、、え?音がする?
「管を抜きますね」と言われ首を触られめちゃくちゃ痛い。
夢にこんな「痛い」とかある?
ずーと考えていた。
わたしがこんなに苦しいってことは師匠になにか?あったのかなぁ?
師匠が今まで話してくださってた、玉ねぎを食べて下痢をした話とか
ひとり壮絶な人生を歩まれてきたんだろうな、
29歳の時のガンになった時は辛かったんだろうな。
師匠。。。いろんなことを教えてくださったなぁ。。。
あ、うちの親、今のわたしみたいに体が重いんだろうな
子ども・・・
ねぇちゃん。。
いろんな思いが出てくる。
ふっと、救急車に乗ったことを思い出し
あれ?わたし救急車に乗ったよなぁ。。。
あれ?じゃ、ここは?あれ?
「顔を拭きますね」と言って拭いてくださったのがあったかくて気持ちよかった。
あったかい?
ん?これってもしかして・・・
看護師さんに聞いてみた
「これって。。現実?」
そう、現実
「今日、何日?」
9月19日
え?ライブは?フォーラムは?
え?わたしなにしてたん?
え?19日って?どう言うこと?
どうなったん?
20日にICU出て隔離病棟うつされる時に、
9日に心肺停止状態で運ばれてきて
大阪の次男に連絡が入って、30分遅かったら命はなかったですよ。
と聞かされた。
隔離病棟、24時間監視カメラ付きの部屋にうつされたものの
ティシュ1枚が箱から引き出せない。ティシュが重い。
TVのリモコンが持てない。
寝返りができない、布団から足が出せない。布団が重い。
もちろん、ご飯なんて自分で食べれない。
目を閉じると幻覚が見えるから気分悪くなるから目を閉じれない。
握力6
そこから自分でご飯が食べれるようになったものの
常の脈拍120台、ご飯を食べると140台
ご飯を食べるのに2回くらい布団に倒れ込む。
全体量の3分の1食べるのにこんなに体力使うんだ・・・・
ご飯食べるのってこんなに大変なんだ・・
夜は2時間おきにトイレ
立たせてもらわないと自分では行けない。
点滴やモニターがついて寝返りできない。
暑いんだけど布団が重くて脱げない、
電気がいっぱいついてて寝れない。。。
ナースコールおしたものの声が出ない。
いろんなことがあったなぁ、、、、
やっと退院。
当たり前のことは有難いことを知る。
