世の中様々な媒体や変化がある中で、人生で経験できる事って何個あるでしょうか??真顔


一人でやる事もあれば、誰かとやる事もある。そして枠を超えた物事や出会いが舞い降りる事もあれば、巻き込まれる事もある。

良い事も悪い事もあるから全部がチャンスとは思わないけれど、その経験は自分にしか起きないし起こせない一面があると私は思っておりますにっこり


そんな考えがある私ですが、初めてフェスというものに参加してきましたグラサン

世界中フェスブームとなるくらい様々な催しがある中での今ですが、結果…行ってよかった爆笑また行きたい!そう思わせてくれるものでした。

フェスの醍醐味もそれぞれですよね。推しがいる、推し以外のアーティストの発掘、思わぬ交流、新たな発見とかとか…色々あると思います。私自身学生時代バンドでライブをやっていた身。止まっていた歯車が⚙️⚙️また動き出す!そんな気持ちの昂りもあったりねニコニコ


そんな余韻も残りつつ、一つのものを創り上げていくって人の力はすごいなぁと感動を改めて思ったり。

そして、自分の中の時が止まっている時間。

それが例えば10年としたら、その10年約3650日そこには動き続けているモノや追う者追われる者の関係があって。

運営関係やアーティスト、ここだけでも物凄い人の数が動いていて、参加する人達の様々な背景や動きが絡まっていく。そこで音一つなった時の一体感…世の中いろんな変化や物事があるけど、その時間はそんな事も掻き消され原動力にすらなる。どの時代も"人々の心には音楽がある"とはよく言ったものです本当に口笛


経験してみてわかる、知る、触れる、感じる、学ぶ、動き出す。こういった変化は経験しない選択肢を取ると何もなく終わってしまう1×0

この1は自分としたら、1×1.1と0.1の動きでも何かしらの変化が必ずあるわけです。

おそらくその0.1は興味の範囲。

その0.1の重なりがいつしか2になっていたり、もっと大きな数の結果として得たモノに目が行きがちですが、この0.1の部分が実は重要だったりね。


こういった大きな催しだけではなく、小さな催しは身近にはたくさんあったりします。

人の数だけ人の興味や背景が違うように、世の中には"誘い"というのがありふれております。

その誘いに乗るか乗らないか、するかしないかを見極めたり判断するのも決めるのも、他言誘導、他力本願ではなく、自分根源であったりします。

そこに目を向けず予期せぬ事が起きたら、誘われたからだ、あなたのせいだとなってしまう結果であれば歪みとなってしまう。


人の感情というのは繊細で複雑故に、この歪み恨み嫉み辛み哀れみ身の五段階=不幸な自分が出来上がってしまったりね。何かのせい誰かのせいって、逃げとかではなく楽な道🛣️として用意されていたりするモノです。

また自分根元となりすぎると、こうしたからだ、あの時こうしたらよかった、魔が刺したとか今度は自分責め、否定などから自己制限というモノが起きてしまいます。これは言葉を変えれば自己防衛ともなりますが、そこに浸ると我慢や怖さ、恐れなどこれもまたやりすぎると不幸な自分にもなりやすい一面もあったり。


不幸を目指す人も中に入るかもしれませんが、大半は不幸になりたくない、幸せになりたいと様々なキッカケを探るのも人に備わった機能かと思います。ですので、自分の中の問いと答え=直感力というのを研ぎ澄ましていく事も生きる中の取り組みの一つかなと。


他力と根源のバランスは難しいからこそ、整理と見直し改善が必要で。その中でたった一つの0.1を見つけてそこは良かったと自己承認できれば、不幸は遠ざけれるかもしれませんね口笛


ちゃんちゃん〜虹