参道を登り詰めてみると、樹木に覆われた空地。
そこに、『ほつけ山』と、刻まれた大きな碑があって、来た道とはちがう下り坂が大きく口をあけていた。
つまり次の札所への歩きの巡杯コース。
ここがかって山門があったと思われる場所。
清水山本堂は、さらにその三層の石垣の上に尊厳に鎮座していた。
線香の匂い。
靴を脱ぎ、本堂床張りに正座して、
直々に御仏さんを拝観させてもらえる。
それが中々いい。
75才後期高齢者の、老骨独居老人。
いい歳をして、まだまだこんな時間を頂いているありがたさが、身に沁みる。
徒歩歩き遍路は、表(山門)から入って、裏へ通り抜け。
どこかドロボウ猫に似ている。
朱印を頂いて、一寸お訊ねしてみた。
「今時、法華山へ下の旧道、歩かれる人いますか?」
時代の変遷、行雲流水。
「もうあの道、倒木や崩落していて通れません」
そのことを親切に教えて頂いた。
世の中は、コロナウイルスや相場の乱高下で、先の見えない不透明感が増している。
そんな中、歩きに特化された道。
そのいい道が、また一つ消えている。

