つんぼ桟敷の東京正生学院青春記 (2) | 10go9

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もう心は、ボロボロ、青春の落ち武者。

もう何もかもかなぐり捨てて、自分そのものも捨てて・・。

小さな殻も壊して・・、元々守るべき自分なんて、あったか、どうか・・。

何かを変革し、真価に目覚めるためにも・・、

目指すは、東京正生学院。

 

当時の都営バス。

丸の内北口 ー 大手町 ー 神保町 ー 水道橋 ー 飯田橋駅 ー 

神楽坂 ー 牛込天神 ー 榎町 

そして、早稲田南町

 

 

一寸都心から離れて、その早稲田通りを一寸入った一角に、

住宅に紛れて、四面を道路に囲まれて、

東京正生学院。

その風変わりな学院が突っ立っていた。

 

 

本館は四階建てのビル。

その周りに体育館のような講堂と、二階建ての木造校舎風な建物と、その裏に、庭付きの院長私邸があるようだった。

 

 

 

東京正生学院は、ドモリやノイローゼに悩む若者たち救済のために、

院長個人が苦心惨憺、私財を投げ売って設立させた学校である。 

それがために院長独自の自主性と自発性を基盤として、

特定の教育方針に囚われず、自由奔放に、

ドモリとノイローゼの若者たちを治すことを目的として、発展してきた民間教育機関だということである。

 

 

教育機関としては、奇妙と云えば、奇妙。風変わりと云えば、風変わり。尋常でないと云えば、尋常で無い。 

風変わりな学院である。

 

 

似ていると、思った!

天変地異、

黒船来航!

幕末動乱、江戸末期。

優れた師を求めて、

遠路はるばる、国事に奔走する幕末維新の青春群像。

 

 

似ていると思った。

自分の居場所、生存オプションを求めて、奇妙の青春群像、

東京正生学院は、風変わりな学院。

何か時代がかった、昔風な私塾の匂いがした。