気候温暖、山河に囲われて、言うことのない風土である。
幼少期、道で遊んでいると、外の世界は大概往来からやってきた。
それが魚屋さんだったり、
薬売り、竹篭売り、壺売りだったりして、
それが近在農家の必需品だったのだろう。
行商人が農家を渡り歩くように、子供たちも次々と遊び場を変えて遊んだ。
まだ海というものを、知らなかった。
まだ敗戦後の貧しい時代だったのだろう。
乞食、物もらい、傷痍軍人というのがよく来た。
時々、托鉢、虚無僧というのも来た。
そんなある日、黒染めの破れ衣の旅僧が、突然何処からか現れて、
阿弥陀くじのようなススキ道を巡り、また何処かへ去って行った。
その時僕らは遊び呆けたさすらいの、彷徨者だった。
赤トンボが舞う夕暮れ時だった。
こんな刻限に何処へ行くのか、と思った。幼い心には収拾不能。容易ならざる事件だった。
「居ればいいのに・・」
僕の呟きに、
「居られンのや! 乞食坊主やから」
ガキ大将が教えてくれた。夕焼けの茜雲の中を、
山向こうへ去って行くその行脚僧を、僕らは無言で見送った。
幼い心が初めて直感した無情とさすらいだった。
後年、山頭火を知った。
幼少期のあの光景を思い出すたびに、チクチクと胸が痛む。
もしかして・・・。
慌てて年譜を繰ってみた。
その時、あの人はすでにこの世になくて、あの思い出と符合しなかった。
長い遍路道、遠い前方、道沿いの今大師を打っている雲水さんと新婚クン。
追いつけるかな、と思ったけど、
雲水さんは、すぐ長い新伊豆トンネルを潜って、
スタスタと行ってしまった。
昔と同ンじ。結局、追いつけンなぁ~。