24日から昨日まで、怒涛の数日間を過ごしました。
まず、24日の朝起きた時にオカンから
「おじいちゃんが入院したから」
って聞かされた。
大きなお腹抱えてるし、お見舞いどうする?って言われたけど
行きたいって思ったから仕事終わり迎えに来てもらって
そのまま車で名古屋の大きい病院へ。
いつも行ってた病院とは違い、かなり大きめの病院だったから
もしかしてって思ったりしたんだけど。
駆けつけた時には
色々チューブや酸素マスクに繋がれて
前に見たときより手足も細くなってた。
目はちょっとボーっとしてたけど
名前言ったら、来てくれたかって言ってくれたりして
私の事もママんの事も理解してた。
「わしゃーもうひ孫は抱っこでけーへんわぁ」
「もう持たんでよ~」
って言ってた。
最初に倒れて入院してから10ヶ月。
余命半年って言われてたけど、それ以上頑張ってた。
肺がんがかなり進行してて痛み止めも効かなくなったり
良くなる治療はもういいって決めて
その時の痛みを取ること、安らかにいける事を優先に
病院に通ってたんだよね。
溜まった痰を吐き出す力もなくなって
鼻やのどからチューブを入れて痰を吸ってもらう事をしてた。
病院に到着してから2時間ほど。
3.4回の痰を吸いだす作業をしてもらってた。
痰出さなきゃ詰まって呼吸できなくなって危ないからって。
5回目のナースコール。
苦しそうな声を出しながら痰を吸ってもらう。ナースさんが戻る。
痰吸いだしてもらうと少しの間楽そうにするから
その姿を見届けてから私はトイレに行く為にその場を離れた。
たぶんその間3分くらい。
戻ってきたら、部屋のカーテンと扉が閉じてて
皆泣いてた。
おじーちゃんの目は少し開いてて
「なんで皆泣いてんの?目開いてるし生きてるでしょ?」
って思った。
でも、近くに立ってもこっちを見てくれることは無かった。
すっごい悲しかったし
タイミング悪く、息を引き取る瞬間私は一緒に居られなかった事
すっごく後悔した。
あと少し、数分その場に居れば一緒に居られたのにって。
まず、24日の朝起きた時にオカンから
「おじいちゃんが入院したから」
って聞かされた。
大きなお腹抱えてるし、お見舞いどうする?って言われたけど
行きたいって思ったから仕事終わり迎えに来てもらって
そのまま車で名古屋の大きい病院へ。
いつも行ってた病院とは違い、かなり大きめの病院だったから
もしかしてって思ったりしたんだけど。
駆けつけた時には
色々チューブや酸素マスクに繋がれて
前に見たときより手足も細くなってた。
目はちょっとボーっとしてたけど
名前言ったら、来てくれたかって言ってくれたりして
私の事もママんの事も理解してた。
「わしゃーもうひ孫は抱っこでけーへんわぁ」
「もう持たんでよ~」
って言ってた。
最初に倒れて入院してから10ヶ月。
余命半年って言われてたけど、それ以上頑張ってた。
肺がんがかなり進行してて痛み止めも効かなくなったり
良くなる治療はもういいって決めて
その時の痛みを取ること、安らかにいける事を優先に
病院に通ってたんだよね。
溜まった痰を吐き出す力もなくなって
鼻やのどからチューブを入れて痰を吸ってもらう事をしてた。
病院に到着してから2時間ほど。
3.4回の痰を吸いだす作業をしてもらってた。
痰出さなきゃ詰まって呼吸できなくなって危ないからって。
5回目のナースコール。
苦しそうな声を出しながら痰を吸ってもらう。ナースさんが戻る。
痰吸いだしてもらうと少しの間楽そうにするから
その姿を見届けてから私はトイレに行く為にその場を離れた。
たぶんその間3分くらい。
戻ってきたら、部屋のカーテンと扉が閉じてて
皆泣いてた。
おじーちゃんの目は少し開いてて
「なんで皆泣いてんの?目開いてるし生きてるでしょ?」
って思った。
でも、近くに立ってもこっちを見てくれることは無かった。
すっごい悲しかったし
タイミング悪く、息を引き取る瞬間私は一緒に居られなかった事
すっごく後悔した。
あと少し、数分その場に居れば一緒に居られたのにって。
2014 1/24 20時59分 死去
77歳でした。
その日はママンと自宅へ帰り
次の日は早朝からおばーちゃん宅へ。
夕方からお通夜の為、色々準備してた。
お通夜では沢山の花と果物があって
立派な棺の中におじいちゃんが居た。
お通夜が終わってからは、遺族控え室へ移動し
その日は控え室に泊まって次の日の葬儀に備えてた。
葬儀が始まって、沢山の人が集まってくれて
なんだかんだで100人は超えてたかな。
沢山の人に見守られながら式は終了。
その後、おじいちゃんに最後の挨拶。
棺が開いてて、お花と一緒に最後の言葉。
沢山の有難うとさようなら。
普通、お花を入れて別れを惜しむのって
近しい身内だけなんだけど
おじいちゃんはご近所さんとか
喫茶店のお友達とか
役所の人とか
その日参加してた人皆にお花を供えてもらってた。
沢山の人に愛されてたんだなって思った。
その後、身内だけで火葬場へ移動。
おばあちゃんは最後の最後まで棺の蓋を閉めたがらず
ずっとずっと泣いてたし震えてた。
お互い憎まれ口叩いてたおじーちゃんとおばーちゃんだったけど
やっぱり長いこと寄り添ってきた仲なんだもの。
夫婦の絆っていうか、そういうものを見た気がする。
納骨も済ませ、家へ帰る。
身内皆で仏壇の方を向いてお菓子やお茶を飲みつつ
おじーさんはこうだった、あーだったって言いながら
沢山色んな話してたな~
口うるさい人だったけど寂しがりやだったから
きっと喜んでたと思う!
そんなこんなで
怒涛の数日を過ごし、今日を向かえやした( ᐛ )
ひ孫を抱かせて上げられなかったのが唯一の心残りだけど
生まれたらおじーちゃんにも挨拶しにいくからね。
おじーちゃんが好きだったバナナ持っていくわいな( ᐛ )و
これからは空の上から
見守っててください!
おわり。