わたしが通っていた幼稚園は、

音楽に力を入れていて

ハーモニカは全員

オルガンは希望者に

教えてくれてました。


わたしは音楽が好きで、

ハーモニカもオルガンも得意でした。

年に一度の発表会では、花形の鉄琴を任されたり。

幼稚園のオルガン教室が好きだったわたし。

それを聞いた親戚が、使わなくなった電気オルガンを譲ってくれて

わたしは嬉々として、ずっと一人練習していました。


仲良しの同級生は お家にピアノがあって

ピアノ教室に通っていました。

わたしはそれがとてもとても羨ましくて、

オルガン教室のお終いまでやれたら、

次はピアノ教室に行きたい、

今のオルガンだと44か49鍵しかないから、もっと難しい曲は弾けない、

88鍵欲しい…‼︎

幼稚園の頃は、とにかく「ピアノを習いたい」、ピアノが弾けるようになることにとても憧れていました。


小学校に入学して、渋る母を説き伏せて、

念願のピアノ教室に行けることになった時はとても嬉しくて

相変わらず鍵盤の少ない電気オルガンで毎日練習して、

1年早く始めていた友達をあっという間に追い越し(このお友達は、家にピアノがあったけど、本人は嫌々やらされていた感じでしたから)、

いよいよ家のオルガンでは鍵盤が足りなくて、練習出来ないことに。


時々宿題として、音符や記号を書いてくるように言われた時

わたしは言われた量よりもすごくたくさん書いて、

先生に「すごい頑張ったね!」

と言ってもらえると…

勝手に思い込んで見せたら、

「…はぁ。記号なんかこんないっぱい書いたって、意味ないのよ。」と言われてショックだったこと 今だに思い出します💧


譜面を読むのが難しくなってきて、両手で違う動きをするのは苦手で、それでも音楽が好きだったし上手くなりたかったので

頑張っていれば上手くなれる!

と、希望を持って頑張っていたのですが

ピアノ教室に通い始めて半年も経たないうちに、

そこの教室が無くなることに。


先生に冷たくされることがあったわたしは、

「あぁ、違う先生に教えてもらえるし、そっちのほうが良かったかも!」なんて思っていたら

「お教室無くなって、残念だったね」と、母。


小学1年生のわたしでも、ピアノ教室はほかにたくさんあること、

すぐ近所にも何軒かあることを知っていたので、

てっきり他の教室に通えると思っていたのです。

だけど、そこの教室が無くなるタイミングで、

ピアノを辞めることに。

わたしは泣いて、「どうして、こんなに好きなのに、続けたい」と訴えましたが

「うちにはそんな余裕ないのよ」と母。

「ピアノも買えないし、月謝も出せないし」と。


七五三の着物や七段飾りの雛人形、

初孫だからか近所の女の子よりわりと豪華なものを買ってもらっていた幼児期だったので

「うちにはお金がない」という事実、

「お金がないから好きなこともやらせてもらえない」ということを初めて実感し、

とても落ち込んだ出来事でした。