昨夜日記に書いたお母さん。

今日、亡くなられました。

娘の旦那さんは、ぎりぎり間に合い、
眠るような最期を看取れたそうです。

待っていたかのように息を引き取るというのは、本当にあるんですね。
幸運だったと思います。

私はその頃、仕事のTELでBluetoothを自宅でつかっていたのですが、
すごく何度も電波がプツプツして、
終いにはTELが切れてしまって、その時にふと携帯を見たら、お母さんが亡くなった旨のLINEが入っていました。

知らせだなぁ…と思いました。

誰もいない部屋で、
「お母さん、亡くなったんですよ。もう身体の苦痛もないですよ。身体がないから何処へでも行けますね^^色々見に行くといいですよ。本当に本当に、お疲れさまでした」
そんな事を語りかけてました。

主人は、今日は外仕事で一面畑に囲まれた場所にいたのですが、
お線香の匂いがしていたそうです。
風が吹いてるのに、まるで鼻先でモクモク焚いてるようにお線香の匂いがしたので、
「あぁ、お母さんがきてるんだなー」と思ったそうです。

身体が無くなると便利かもです。笑

何よりも、肉体の天命を全うして、
楽になれたお母さんの死は、
寂しい反面、なぜか心安らぐ気持ちにもなりました。

なんだろう、今も気持ちが通じていると、
なんというか、魂が共鳴するような感覚がずっとあります。
2回しかお会いしたことのない、娘の旦那さんのお母さん。

それなのに、ずーーーっと以前から知ってる旧知の仲のような感覚。
不思議です。
不思議だけど、不思議ではない縁という見えない糸。

今夜は寝室で何度もお線香の香りがします。
本人の希望もあり、直葬式にするということで、ご遺体は安置所で、まだ私達家族はご遺体には会っていないけれど、
(お通夜に線香絶やしていいのか?とか誰もいないっていいのか?とか思ったけれど)ご遺体は抜け殻、ご本人はこうして色々行けるんですね。

お線香の香りと一緒に、伊予柑のような柑橘系の甘い爽やかな香りもします。
書いてる今も。笑

そんな香りのものは家に無いし、
嗅いでみても、元を辿れません。

蜜柑でもなく、グレープフルーツでもなく、
伊予柑の香りだと思うんだけど…
お母さん好きだったのかな??

明日見つけてお供えしようと思います。

娘の旦那さん、看取れてよかった。

それは、あと2ヶ月で産まれる赤ちゃん誕生の為にも、
生と死のセットを短期間で感じることができる素晴らしい時間だと思うからです。

消える生命、
生まれる生命、
どちらも全ての者の宿命です。

それが喜びであり、苦悩であり、
学びであり、愛だと。
短期間に濃縮された贈り物のような時間に思えます。

お母さんはモルヒネで意識も朦朧で終わったけれど、
もう亡くなったことに気づいていると思います。

ご遺体を置いたまま…とか、
短剣は置いたのかな?とか、
つまらない迷信に惑わされる自分もいますが、
そんな脅しのような恐ろしいことではなく、
もっともっと、シンプルなことなんですね。

蝉の抜け殻とは言わないまでも、
近しいものです。

自然にあれば、腐り腐敗し、虫等に食べてもらって土に戻る…

それが本来ある自然の形。

遺体って、誰のを見ても空っぽだから。


今夜は落ち着いて眠れそうです。


お母さん、本当にお疲れさまでした。
生きている間に言葉を交わせて、本当によかった。
お母さんに心から感謝しています。
生命のバトンは、しっかり受け継がれていきます。
美しい人だったと、いつか孫に聞かせてあげますね^^

心からの愛を、合掌します。

ゆっくり、休んでくださいね。