軽自動車の自動車税の事が話題になっているが、軽自動車の存在自体を誰も問題視していない。

元々、敗戦国日本が欧米諸国の生活を見習ったモータリゼーションの発展のため、特別優遇された規格である。今の車大国日本では役目を終えた存在で有ると考えるのはおかしな事であろうか?

軽自動車と普通車の分け隔てを無くせば、軽自動車審査協会などという行政法人も必要なくなり一元化出来、経費削減になるはず。(だからこそ国土交通省はそんな事は一言も言わないのだろう)

日本の軽自動車は海外で、排気量を替え中身が補強されて販売されている。

利益追求で安全をないがしろにした「ぶかぶかうゆるゆる」の車作り、燃費何キロに踊らせられる消費者。本質を忘れてしまっているこの国の象徴の一つではあるまいか。

車は、丈夫に作ろうと思えば鉄板は厚くなり、車重は重くなる。必然的にアクセル開度は大きくなり燃費は悪くなる。

車の大きさ、エンジン出力のバランスの適正が必ず有るはずである。


「ぶかぶかゆるゆる」の軽自動車に触れる度、安全性の公開(オフセット衝突実験の公開)の義務づけをしないのだろうと思う。

電力会社が原発の危険性を知っていても、大丈夫だと政府が発表する構造と同じである。