2004年の中国
胡錦涛(第4代中央委員会総書記)政府によって改革開放が続いていた2004年の夏、中国を旅行したので、その時に見たこと聞いたことなどを書きます。現在(2025年)と違って、その頃の中国に反日的な雰囲気はまったく感じられませんでした。①上海バスツアー市内のバスツアーに参加し、雑技団の演技、豫園の庭園などを見ました。ツアーガイドが上海のサラリーマンの月収は2万円だと言っていました。 雑技団の演技 豫園内の庭園 ②蘇州(そしゅう)博物館蘇州は上海の西に位置する水郷都市です。蘇州博物館を見学しました。博物館の展示よりも、見学の帰りに乗ったクシー運転手がこの辺はヤクザの縄張りだから急がないと危ないと怯えていたのが印象的でした。運河 展示物③南京大虐殺記念館侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)に行きましたが入館できませんでした。表示に予約の文字があるので、入館には事前予約が必要だったようです。警備員?表示④上海リニア(上海トランスラピッド)上海リニアは浦東国際空港と龍陽路駅を結ぶ世界初の商業用高速磁気浮上式鉄道(マグレブ)で、最高時速430kmで約30kmを約8分で結び、空港と市内間の移動を劇的に短縮しています。これを製造したのはドイツのシーメンスです。先頭車両に若い女性がいましたが、自動運転で、何もせず座っているだけのように見えました。速度表示先頭車両⑤ハルビン市内での不思議黒竜江省ハルビン市に意外にもカラオケ店があったので千昌夫の「北国の春」などを歌ったり、歯の被せ物が外れて困ったので黒竜江州医院へ行ったりしました。医院で中年男性の歯医者に処置してもらった後、受付で費用の支払いを申し出たところ、後ろから若い女性が私のほうに歩いてきて、日本語で「支払いはしなくてもよいです」と言われたので驚きました。結局、支払いしなくてよくなったのですが、その理由は今でも分かりません。外観歯の治療室ハルビン市内で不思議に思ったのは、朝ホテルの窓から外を見たら、隣のレストランの店員達が開店前に軽快な音楽に合わせて踊っていたことです。日本では見れれない光景です。開店前に踊る店員達また夜、広場に行ったら市民がバドミントンの羽根に似たものを足で蹴り合って遊んでいました。 蹴球?をする市民⑥ハルビン市内の侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館この陳列館の内部には731部隊が残した資料が展示されていましたが、私が撮影した資料の写真は無いです。理由はたぶん撮影禁止であったためだと思います。 ⑦瀋陽市内の瀋陽工科大学午後の時間に瀋陽の街を歩いていて瀋陽工科大学を見つけました。大学の正門から中に入っても守衛は何も言わないので、そのまま中へ入っていくと私の専門の材料科学の建物がありました。建物の中へ入って行くと、中年の男性がいました。その人に英語で「何を研究されているのですか?」と質問しました。すると、その人は名刺をくれて「自転車用のマグネシウム合金について研究してます。実験室をご覧になりますか?」と返答しました。その人がくれた名刺を見ると、その人は教授でした。実験室には自転車と大型の引張試験機があったので、マグネシウム合金の自転車から採取した試験片を引張試験機で引っ張って、引張強さなどを調べているようでした。教授にもらった名刺その研究室の外に出ると、学生食堂があったので中に入って行くと、夕食の時間だったので、学生達が行列をなしていました。その行列の後ろに付いて進んで行くと、中年女性が皿に炒飯?を乗せて渡してくれました。その食事代がいくらだったか覚えていませんが、安価でした。その学生食堂を出てから、歩いている学生の一人に英語で「この辺にホテルはありますか?」と聞くと「この大学の中にホテルがありますよ」という返答だったので、その学内ホテルの場所を教えてもらい、そのホテルへ行ってみると、簡単に宿泊OKでした。宿泊料がいくらか覚えていませんが、安価でした。