天然のスポットライトに照らされて輝いております


こう言う感じにゆっくりと時間が流れたら、もっと平和に過ごせるのにと思う今日この頃


でもきっと植物には植物なりの悩みやストレスがあるんでしょうね


動きたくても動けないとか、太陽の光こっちにだけ当たらないよとか、そう考えたら人間社会も植物社会も同じなのかなとも思いますよね


どちらにせよって感じです

摩擦ってあるじゃないですか?

インターネットに聞いてみたところ、固体表面が互いに接しているとき、それらの間に相対運動を妨げる力摩擦力)がはたらく現象だそうですよ

身近な所で言うと、車を止める為に使うブレーキなんかは、まさに摩擦の力を利用しているのではなかろうか

さて、人間関係にも摩擦は生じるなんて使われますが、この場合は直接人と人が動いてではなく、精神的な方での摩擦ですね

鬱陶しい人間社会が嫌いなら山にでも籠ってソロ活動でもしてれば余計なしがらみから解放されるかもしれないけど、今の世の中誰かしらと何かしらの接点を持たずに生きるのはほぼ無理ではないでしょうか

人と人とが交わる事で、摩擦も生じるけど、繋がりも生まれると

匙加減が難しいですね

そう言えば小学生の頃将来の夢とか発表する機会があったけど、自分はその問いに森の中の木になりたいと答えてました

勉強もせずに、ただその場に佇むだけで良いなんて良いな〜っと幼心に思ったのでしょう

皆が皆何かしらに苦労する時代なんだと思う次第にございます








周りから見たらただのゴミの山でも、当人からしたら使い道があっての大切な道具だったりするし、その人にしか分からない思い出だったり歴史が詰まった物であれば、例え使い道が無かろうと、自分の近くにあるだけで心の拠り所だったり何か意味をなす場合もあると思います

なので、必要ないから捨てろと言うのは簡単ですが、なぜその人はその物に執着しているのかを見極めない限りは根本的な解決には至らないのではと思います

と、自分に言い聞かせてみました

データとして保存出来る物は全てデータにしてしまえば、かさばらずに管理も楽にはなると思いますが、何でしょうね、手触りだったり重さだったり香りだったり

それらいろいろな要素で五感が刺激されて、あの日の思い出に行きやすくなると言いますか

データのみで全て補えるのならそれでも良いと思う派なのですが、今の所はまだと言う感じでしょうか

そのうち人も体が必要なくなり、バーチャルの世界に意識だけデータとして行けるようにはなると思いますが、そしたらもう人は必要無いですね

それぞれが自分の世界を作り、都合の良い部分だけで楽しめたら皆がハッピーですね

早く夢の中に行きたいですね