「野バラ咲く路」!
歌舞伎役者の二代目松本白鸚(六代目 市川染五郎)がシンガーソングライターとして昭和42年にレコードデビューしていたと知りました。市川染五郎は3歳で初舞台を踏んで、歌舞伎「勧進帳」の弁慶役は1,000回以上演じている他、ミュージカルの「ラ・マンチャの男」、「王様と私」、NHKの大河ドラマ「黄金の日々」などに出演しています。歌舞伎界の25歳のホープがシンガーソングライターとしてデビューするのは異例です。きっかけは、元東芝レコードのプロデューサーの高嶋(高嶋ちさ子の父)が、当時歌舞伎役者がテレビになかなか出てない中、お正月の特番でたまたま染五郎の一家を見てたら横にあったギターを取り出して曲を弾いたそうです。その歌があまりに良かったので、上司の常務と一緒に歌舞伎座に行ってお父さんの松本幸四郎に、御子息を東芝から是非発売 したいとお願いに行ったら、幸四郎は新しい事にとても理解があり、「よし!」と言ってくれたそうです。その曲は昭和42年に自分で作詞作曲した「野バラ咲く路」。昭和42年は、森山良子の「この広い野原いっぱい」が発売になった年でした。シンガーソングライターで歌舞伎役者は彼一人だけでしょう!