同じ歩幅 | ひとりごと

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日常の独り言とコスメの記事。プチプラ最高。

「ね、すごく後悔していることってある?」

初夏の日差しの下で、僕に振り向く彼女。


「それはもちろん…あるよ、色々と。」


そう言って僕は思い出す。たくさんの思いと後悔を。一体、人間は生きている間にどれだけの後悔の念を抱えれば済むんだろうと。


「例えばどういうジャンル?恋愛とか友情とか、人生とか。」


空は広かった。一体どこからどこまでが僕たちにとっての日常なんだろうと考えてみても、その答えはいつも出ないままに終わる。生きていく為に必要なものは、いつもどこかしら不明瞭なものばかりな気がして。


「ジャンル……その言葉が適当なのかどうかは分からないけど。それぞれあるよ。何もない人のほうが少ないと思う。」
彼女は僕の言葉に
「じゃあ、今でも後悔している恋の経験とかって。そういうのもある?」
と、ほんの少し嬉しそうに言った。
「恋の経験ね…多かれ少なかれ、若いときの恋の経験なんて後悔ばかりだと思うけど。圧倒的に良かった思いよりも後悔している思いのほうがすぐに思いだせる。」
そう答えた僕の手を彼女は少し強引に取りながら、いつもの通り右足から歩き始める。
「『今だったら』って思うこともある?」
「今だったら?」
「そう。『今だったらもっとうまく思いを伝えられるのに』とか『今だったらもっと大切にしてあげられたのに』とか。それって後悔だよね?今だったらもっと結果は違っていたのに、って思うこと。」
今だったら…もしも今のまま過去に戻って同じ経験を出来たとしたら、きっと僕はいくつかの恋愛ともっと上手く付き合えるかもしれない。足りなかった言葉や、思いを素直に伝えられたとしたら。
僕の歩幅と彼女の歩幅が違うことに気付いてから、僕は彼女の歩幅に合わせるように歩き方を変えた。そのことすらも、きっと今だから気付けた。きっと過去の自分だとしたらこんな簡単なことすらもうまく出来ずに後悔していただろう。
「でもね、残念ながら『今だったら』ということは現実にはならないよね。たらればの話。そんなのはただの現実逃避になりかねないでしょ。後悔って本当、どれだけ人の思いを苦しくさせるんだろう、って私は思うの。」
心が痛むひとつひとつの訳を思い出してみたとしても、きっとそれの多くの場合は後悔で、その思いはいつまでも自分のことを自分で苦しくさせるものなのかもしれない。だとしたら、僕たちは一体いつになればその思いから離れられるんだろう?
「記憶も思い出もなかったらいいのにね。きっと私たちが後悔の思いから放たれるとしたら、それは全部忘れられるとき。」
「それは要するに……一生を終えるときってこと?」
見上げてみると青空に飛行機が飛んでいた。当たり前の光景すら何か特別な思いを抱えてしまうんだろうか。何もかもに対しての気持ちをただ真っ直ぐに持ち続けているとしても。
「どんなに沢山の希望とか素敵な恋とか、経験したって後悔の気持ちは忘れることは出来ないんだって私は思うの。そう考えるとね。」
「うん。」
「人間って残酷だと思わない?」
例えばそう言って笑う彼女の笑顔を大切に出来なかったとしたら、僕はいつか後悔するんだろう。もしくは、今、何も意識せずに過ごす彼女との時間の中にいずれ後悔してしまうことはもう起きているのかもしれない。
そうだとしても今はただ目の前にある思いを大切にすることしか出来ないことも、よく分かっているのだから。
「後悔する前に言っておくと、僕は君のことがとても好きだ。」
そう言った僕に満足そうに笑いながら、
「知ってる。」
と彼女は答えた。
多分、この場面は遠い未来も、僕にとっては悔やむ出来事にはならない気がした。こんな風に過ごすことの意味がいずれ分かるときが来るような、そんな思いが確かに僕の中についやされているから。

そして今、そんな風に振り返るときの為に。僕らは同じ歩幅で歩いている。

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