私小説風短編小説。私が主人公。私が別れることになった女との最後の時のひとときの描写が描かれている。これっきりの逢瀬と決めた後も、女はまた私に電話をしたいと言う。けれど彼女には結婚話があった。私には妻子がいる。女を愛するがゆえに別れを決心した私の揺れる気持ち。

 いよいよ帰りのタクシーの中でも女はまだ未練の言葉を重ねる。そんな時、道に蜜柑がたくさん転がっていた。運転手はそれらを拾うために車を停め、外に出た。私も手伝うため、外に出る。風は冷たい。この風に吹かれながら私はもう彼女と別れるつもりになっていた。

 道に外れた恋に落ちた二人。いつか別れを予感していたお互い同士である。二人のずるずるとした関係の潮時を、「このままではいけない」ということを男も女も感じている。けれど執着ともいえる感情はそう簡単には断ち切ることは出来ない。けれど男は「自分が崩れるとなにもかも壊れてしまうかもしれない」と自分に言い聞かせる。それは誠実に生きたいという願いであろう。そこに清潔感を感じる。

  読みやすく簡素な文章が、ともすれば暗くなりがちなこの道ならぬ恋の別れのひとときをあっさりと爽やかな雰囲気に仕上げている。

 別れ際になっても未練たっぷりの女の誘いに、蜜柑が転がっていることで立ち止まった時に見た蜜柑の色の明るさ、海の青さ、松の緑色の風景が私を前向きさせたのだろうか。

 簡潔な文の中に世間によくいるだろう普通の男女。彼らの別れるときの切なさを感じた。題材は暗いものなのに、蜜柑の甘酸っぱいイメージが作品を爽やかに明るくさせている。何かこれからお互いが前に向いていけそうな予感も感じた。