素敵な彼と巡り会い
沢山の幸せを頂く毎日
……なのですが、そんな中
人間の心って何とも難しい
と感じる出来事がありました。
今回ご縁を頂いた彼は
“本当にこんな人が居たんだ〜”
と驚くほど素敵な人
そんな彼と
お付き合いをして
彼の色んな所を知るうちに
益々好きになる毎日です
そんなある日のこと。
彼と話をしている中で
私の思いと違う答えが
返ってきたことがあり
その時私は
「もっと私の方を見て欲しい」
「もっと私の気持ちを分かってよ!」
と、彼に対して
とっさにそんな思いが出ました
これはもう完全なる執着状態
相手をただただ好きだと思っていた
自分は居なくなっていました…
彼と出会い
お付き合いするまでは
綺麗な景色を見たり
朝日を浴びた時に
ふと彼の顔が浮かび
「元気で居てくれたら嬉しいな」
と思う、
そんな瞬間に
とても豊かさを感じていました
“彼が何かしてくれるから”
“私を喜ばせてくれるから”
とか、そんな事は一切関係なく
「ただただ彼が今日も
笑顔で過ごしてくれてたら嬉しいな」
と感じていたあの頃…
あの幸せな瞬間こそが
純粋に人を愛する
ということだったんだなぁ…
と気づいた今日
愛は執着に変わりやすい
という真実があり
仏教では「愛」を
「慈悲」という言葉で表します
それは
親が我が子へ向ける愛情と同じ
見返りを求めない
愛のかたち
親は子供に
何か得になることをしてもらいたいから
愛する訳ではなく、
ただただ我が子のことが
愛おしくてたまらないから
愛さずにはいれない
“Give and Take”
ではなく
“Give only”
それが「慈悲の心」です
人から何かしてもらえることは
もちろん凄く嬉しい
でも
人からもらうことより
誰かのことを心から大切に想え
自分から与えることができた時の方が
実は心は何倍も豊かだったりします
私達は、もらうことに
つい目がいきがちだけど
自分から与えることができた時
本当の幸せに出合える…
そうは言っても
私達は生身の人間
色んな感情が出る
大切だからこそ執着もうまれるもの
人間である以上、
それは自然な心の動き
執着してしまうほど
大好きな人が居てくれるということは
素敵なことだな〜と思うのです
だけど
ただただ誰かを愛しいと想えた時
私達は本当の幸せに
出合えるのだと感じました
相手がいてくれて初めて
感じれることが沢山ある…
執着してしまうほど大好きな人に
巡り会えたことは素敵なこと
執着を無くそうと頑張る必要は
きっとあまりなく
執着を持ったままでも
“大好きな人に巡り会えた事実”
に感謝できたとき
執着が優しい愛に変わるのだと
そう感じました
今日も私達の周りには愛がいっぱい
全てのご縁に感謝です