昨夜の晩、天に召されました。

 

思えば、今年の初詣へ行った際に、やたらと

歩く速度が遅くなった父がいました。

 

以前から、歩くのは遅かったのですが、それに

輪をかけて遅くなっている事に、家族で驚いた

ものです。

 

そして1月の通院途中の路上で転けて、顎を縫う

裂傷を負った事から、父の苦闘は始まった感じ

でした。

 

その衰えが更に増したのが、5月の階段からの

落下での大腿骨骨折でした。

 

何も持たなくていい下らないモノを両手で持って、

それを庇うように守っては、足を骨折したのです。

 

そこから救急車で運ばれて確か2日後くらいに手術、

転院やリハビリもありながらの、2ヶ月と1週間の

入院生活でした。

 

まぁその時点で、かなり弱った感じはあったのですが、

それでも2ヶ月ぶりに自分の足で、その落ちた階段を

自力で上がって、自室にたどり着いた時の「嬉しい〜」

という言葉は、今も忘れません。

 

そこからは、僕にとっても父との介護とリハビリの

生活でした。

 

週2回の訪問リハビリをこなし、常に前向きで臨んで

はいたのですが、新たな衰えというか、モノを食べ

辛そうにする感じが酷くなっていきました。

 

飲み込み辛い、栄養不足、体力低下、更にそこへ

誤嚥性肺炎が重なっていきました。

 

次第に、一人で行っていたシャワーやトイレも

ままならなくなり、ついには寝たきりの感じに

なった所で、訪問医療に切り替えた、まさにその

初日の11月20日に、誤嚥性肺炎の為に入院

された方がいいです、とまたすぐに救急車で

運ばれました。

 

この時の訪問医の「モノが飲み込み辛くなるという事

はね…」と、独特の微笑みではないけれど、何かを悟った

様なあの表情は一生忘れないし、その時にこちらも全てを

感じ取り、全てを悟ったのでした。

 

運のいい事に、かかりつけの病院は救急病院ではない

のですが、部屋も空いていて、即入院が可能でした。

 

ただ4人部屋では、夜中に大声を出したりしたらしく、

すぐ翌日には個室に変えられましたけど…。

 

そこからの1ヶ月、毎日見舞いに通いましたが、

最初はワガママなども言っていた父も、素直に

看護師さんの言う事を聞く様になり、いつの間にか

看護師さん達の間で、可愛いと人気者になっていた

時には、どう逆立ちしてもこの人にはかなわない

と思ったもんです。

 

皆から「先生」と親しげに呼ばれる父を見て、

そしてこんなお爺さんに日々尽力を尽くしていただける

看護師さんの献身的な姿を見るにつけ、本当に感謝の

言葉しかありませんでした。

 

そして昨日の午後1時過ぎ、いつもの様に病室へ着くと、

いつもとは様子が違う。

 

すると「今、家の方にお電話していた所です」と言われ、

いろんな計器に繋がれた父を見て、全てを理解しました。

 

兄も仕事をキャンセルして、すぐに駆けつけてくれ

ました。

 

忙しくて、中々来れなかった兄は、さすがに最期は

懸命に看取ってくれました。

 

夜になって、連れて行くのはどうかと思っていた

アルツハイマーの母を、何とか連れて行けたのですが、

母と会ったその後から安心したかの様に、父の事態は

ハッキリと変わっていきました。

 

やはり、ずっと母と会いたかったのか…。

 

昼からずっと苦しい様子だった父は、その後普通に

寝ている様な状態となり、そのまま午後10時31分、

最後は眠る様に永眠いたしました。

 

88歳でした。

 

考えてみれば、人をこうしてガッツリと看取るのは

初めてだったので、それまでは落ち着いていたのに、

やたらとそこから動揺してしまった感じの私がいました。

 

父にとっては苦しい一年だったとは思いますが、

そんな父の事を想い、一生懸命働いて下さる方が

大勢いて、ケアマネージャーさんからリハビリの

介護士さんや、そして当然医師の皆さんや、何と

言っても看護師さん達の頭の下がる様な日々の介護

ぶりは、決して忘れる事はないでしょう。

 

本当に、感謝の言葉しかありません。

 

あまり親孝行の出来なかった私ですが、父を通じて

こうした素晴らしい出会いと、様々な優しい人々達の

存在を知る事も出来た上に、少しは自分自身も強くは

なれた様な感じもしていて、そしてほんの少しは最後の

最後に、恩返しは出来たのかと…。

 

父に聞いてみないと、分かりませんけどね…。

 

まぁ突然死なら、ショックも悲しみももっと大きかった

でしょうが、様々な事を考える時間も覚悟も出来た上

での亡くなり方ですので、そういう意味でも父は

最後まで出来た人だったのかな、とも思ったりします。

 

ここ数日は、お通夜や葬儀で、ブログからは離れる

とは思いますが、悲しみは悲しみとして十分に

受け止めながら、前向きに頑張っていきたいと

思います。

 

最後に父よ、本当にありがとう

 

最期まで、ほぼ完璧な人生だったと思うよ

 

あなたはずっとずっと、僕にとっては越える事など

決して出来ない、凄い人だったよ

 

そして改めて、父の為に尽力を注いでくださった皆様や、

全ての関係者の方々に、感謝を申し上げたいと思います。

 

本当に本当に、ありがとうございました。