毎年開催されてるが、京都市美術館へ両親を引き連れ
行ってきた。
というのも、日展の今や評議委員にまでなられてる、
日本画家である叔母が毎年出品していて、僕はいつも行く
訳では無いのだが、両親は必ず毎年行っていて、この寒空の中、
バス停とかで待たすのもどうかと思い、車でご同行したのだ。
叔母は昨年体調を崩し、入院・手術もしたものの、
作品としては相変わらずきめ細やかく、それでいて生命力
に溢れた、それが全体から伝わるものとなっていた
さすがである
当然、日本画家とイラストレーターという、ある意味似た
分野の仕事へと進んだ間柄でもあり、僕がまだ小さい頃から
いい意味でも悪い
意味でも、可愛がってもらってきた。
割と、ズバズバと物言うタイプの人ながら、僕は全くそれが
苦にはならないし、むしろ本音で喋る所が心地良かったりもする。
いつも心配をおかけしているが、病気をしてたと聞き、
逆に心配していたのだが、今日もいつもながらの作風なのを
垣間見て、少々安心した様な次第である。
まぁ日本画という世界では、個人的にはハッとさせられる様な
ものよりも、どちらかと言えば、保守的な感じのものが多いが、
これはこれで中々大変な世界かと、妙に感心したりもした。
当然、洋画や書などもあるが、とにもかくにもこの世界で
まさに重鎮となりつつある叔母の偉大さにも、圧倒的に
気付かされる展覧会でした。
僕も、もっと頑張ろう
元気を貰った。
行ってきた。
というのも、日展の今や評議委員にまでなられてる、
日本画家である叔母が毎年出品していて、僕はいつも行く
訳では無いのだが、両親は必ず毎年行っていて、この寒空の中、
バス停とかで待たすのもどうかと思い、車でご同行したのだ。
叔母は昨年体調を崩し、入院・手術もしたものの、
作品としては相変わらずきめ細やかく、それでいて生命力
に溢れた、それが全体から伝わるものとなっていた

さすがである

当然、日本画家とイラストレーターという、ある意味似た
分野の仕事へと進んだ間柄でもあり、僕がまだ小さい頃から
いい意味でも悪い
意味でも、可愛がってもらってきた。割と、ズバズバと物言うタイプの人ながら、僕は全くそれが
苦にはならないし、むしろ本音で喋る所が心地良かったりもする。
いつも心配をおかけしているが、病気をしてたと聞き、
逆に心配していたのだが、今日もいつもながらの作風なのを
垣間見て、少々安心した様な次第である。
まぁ日本画という世界では、個人的にはハッとさせられる様な
ものよりも、どちらかと言えば、保守的な感じのものが多いが、
これはこれで中々大変な世界かと、妙に感心したりもした。
当然、洋画や書などもあるが、とにもかくにもこの世界で
まさに重鎮となりつつある叔母の偉大さにも、圧倒的に
気付かされる展覧会でした。
僕も、もっと頑張ろう

元気を貰った。