原発が、この国から中々無くす事が出来ないのには、
当然アメリカとの関係もあるし、表向きには資源の無い
国にあって、原油依存は安全保障上も危険であるという
建前の他に、この国が核武装をいつでも出来る可能性を
残しておきたいという、最大の理由がある。

中曽根康弘氏や、読売新聞社の正力松太郎氏などによって、
政・財・学の各トップクラスを結集させ、原子力委員会は
作られた。

原子力時代の到来は、平和利用の名の下に、地下で原爆や
核としっかりと繋がり、要するに日本は原爆材料を所有する
国となったのである。

つまり、それをいつでも実現させる為には、核技術は常に
持ち続けておかねばならない。

簡単に言えば、だから原発は手放す事が出来ないのである。

しかも、平和利用として核を扱うという事で、原発は許されている
訳であって、もしも脱原発をすれば、核技術を持つ事自体が
許されなくなる。

そうなると核保有国から、たちまち非難を浴びる結果となるのだ。

じゃあ日本は、非核三原則ではないのかと思う方も多いだろうが、
それはあくまで政策指針なのであり、法的な拘束力は一切無い
のである。

憲法では、絶対に許される事の無い、核兵器を持つという芸当も、
原発という隠れ蓑を用いる事により、裏では核技術を養う事が
出来るという訳だ。

これが、まず原発が簡単には無くならない、無くせない、恐ろしい
理由なのである。

本来、こういう重要な案件は、全て国民に問いかけられ、国民
投票でもして決められるべき、この国の根幹を形成する、重要な
問題の筈である。

しかし国民は議論にすら参加させず、政・財・学の一部のエリート
により決められ、永久に表沙汰になる事も無い、

そこが、この国の狂っている、偽りの民主主義で存在している、
まやかしの姿と言えるんだろう…。

しかも、その一部の人間がこの国を守ってくれると信じて疑わない、
その核技術により、この国は大地を、大気を、海を汚され、
二度と住めない地域を生んだだけでなく、今もフクイチから
放出され続ける放射能に苦しみ、殺されていくのである。

全く本末転倒な話、ブラックユーモアそのものである。

資源の全く無い国と言われ続けてきたこの国は、最近
その様相を変えつつあり、シェールオイルも、メタンハイドレート
の存在も確認され始めており、佐渡沖には巨大油田も確認されている。

経済で世界で優位に立つ為にも、自然エネルギー分野での
最先進国になる事が、未来のこの国の経済を支えていく柱にも
なって行くものと思っている。

今はドイツに大きくリードされているが…。

少なくとも、エネルギー政策的には、原発は無くてもいいという
方向で、確実に進んでいる。

あとに残るこの大きな、核武装という問題…。

ただ核武装を実現させる為には、多過ぎるハードルがある。
それをどうやって乗り越えて、核を持つ国となれるのか
という疑問も付きまとう。

それこそ、絵空事の話ではないのか

問題なのは、そういう大事な案件が、国民のほとんどが知らず、
知らされず、勝手に一部の人間のみによって、進められて来た
という事なのだ。

右傾化の傾向が進む、世界の各国にあって、結局人間とは、
戦争をせずにはいられない生き物なのか…という気になって
きてしまう。

そしてこの国は、戦争をするその前に、既に自分で消滅させてしまう
危機がそこにある事も、これまた事実なのである…。