この判決は当然であるし、死刑論議をここで展開
する気もない。

殺害から、その後の言動まで、この元少年に何ら情状酌量
の余地は無いのも明らかだ。

ただ、私がここで言いたいのは、彼の家庭環境における
その酷さと、過酷な試練が多大な影響を与えた事だけは、
間違いないと思う。

普通に明るく冗談を言う少年が、まず父親からDVを受け
続けていた事に加え、唯一心のよりどころだった母親の
自殺にも遭遇してしまう。

その、首つり現場も見てしまったという…。

そこから、この少年の様子が明らかに変わってしまう。

明るい少年は、無表情気味となり、笑顔が消えていく。

そして高校卒業後、まもなくこの犯行に及んでしまう。

私が残念に思えて仕方ないのが、この母親の自殺をきっかけに
変わってしまった少年の、このSOSに周りの大人が気付く事なく
過ごさせてしまったのではないかという点。

DVを受け続けた上に、母親の自殺に遭遇。

誰でも、この強烈なインパクトと過酷なダメージに、耐え
続けられる事は難しいだろう。

その時点で、誰かが手を差し伸べ、彼をケアし、カウンセリング
などを施しておけば、あんな不幸な事件も起こらなかったのかも
しれないのではないか。

当然、不幸な境遇な人達が、全て犯罪に走る訳でもないし、
だからと言って彼を擁護するべきではないという意見もある
だろう。

当然、犯行自体に何ら擁護出来る点は無い。ただ、そこへ至る
までの、そういう犯行へ走らせるまでの時点で、何か出来なかった
のかという点。

全ての人がそんなに強い訳でも無く、精神的に逸脱してしまう
時点では、そこを責められるだろうか…。

そういった所に気付き、それをケアする、そんな体制がまだまだ
日本は希薄なのではないだろうか

もしも、ああいう境遇でなければ、この元少年はあの犯罪を
犯していただろうか

大人達が、こういうモンスターを作り上げてしまったのでは
ないのだろうか

別に死刑廃止論者でも、人権派でもないけど、この事件が
凶悪な犯罪であるのは勿論であるが、その凶行に至るまでに、
様々な過酷な境遇が多大に影響している事は間違いない筈である。

そこで、社会が、大人達が気付いて、少しでもケア出来ていれば、
この凶悪犯罪という不幸な事件も、本村さんの様な善良な市民が
犯罪に巻き込まれる事も、無かったのではないか…と思うと、
どうしても、そこに引っかかってしまうのである。

たとえ、結果論としても…。

元少年を、闇雲に叩くのは簡単であるし、犯罪とその後の言い訳とも
取れるドラえもん等のくだりには、ただただ閉口するばかりであるが、
彼を取り巻く、周りの大人がこの凶行に多大に影響したとすれば、
この国が、社会が生み出してしまった犯罪とも言えなくもない
のではないか。

核社会が進み、他人の事には関心なく、自分達さえ良ければいい
という風潮が進む中で、勝ち組負け組などという大嫌いな言葉も
囁かれる社会であるからこそ、虐げられたり、酷い環境の中で
育った子供達のケアが、もう少し行き届く社会であって欲しいし、
それが改善されない限り、今後も第2第3のこういった少年を
生みださないとも限らない…。

この事件が、単なる少年の凶悪な犯罪という事だけで切り取るより、
この国が、この社会が、この風潮が、多大に影響してしまったと
考えるならば、我々全ての大人、全体の問題として、考えていく
必要があると思うんである。

何度も言うが、漠然と誰かのせい、で済ませる気などさらさら無いし、
何としても擁護をしたいという事でもない。

要は、つまづいた子供を守れる、立ち直らせる、修正出来る、そして
後押しをしてやれる、そんな当たり前の社会の構築が、一方でもっと
議論されるべきと考えるのである。

いずれにしても、殺伐とした、嫌な気分にさせる事件であった
事だけは、この判決が下りた後でも、拭えない事だけは確かで
ある。