原発の、使用済み核廃棄物に、処理方法が無いと
いうのは最初から分かっていた事。

当初から、トイレ無きマンションと呼ばれていたのである。

それでも石油ショック等の、石油価格に左右されない原発推進
という背景が、高度成長期の日本にあって、それ自体は中々否定は
出来ない…。

いろんなリスクを承知で、そこは目をつぶって、経済優先の
政策、つまりは原発推進を突き進んできたのだ。

本当ならチェルノブイリで気付くべきだったが、まだ
あの頃はバブル前でもあり、まだその余裕も無かった。

そして、僕自身はもうそろそろ終わりにすべき時代に
入ってきたと感じていたが、まだまだイケイケどんどんの
原発推進の立場がとられ続けていた。

政権交代が起ころうともである。

そしてあの大地震が起きた。

これまで懸念されてきた事が、全て日の目を見てしまった…。

リスクに目を閉じてきた事が、全て一気に噴出したのだ。

所詮はバカ発電と呼ばれる代物。

経済成長と共に、終焉させるべきだった、が、遅かったにしろ
この地震が教えてくれた気がする。

もう終わっとけと。

増え続ける核廃棄物は、10万年以上保管し続けなければなら
ない。こんな事が有り得る、また出来る筈も無い。

しかも、もう日本では満杯状態なんである。

こんな子孫にツケを押し付けた、バカ発想が他にあるだろうか?

僕自身も、恨まれるのはまっぴらごめんだ!

もう無くす方向で行くというのが、当然の選択かと。

確かに高度経済成長を支えて、くれてありがとう!

でも、もう限界なのだ。

もう他の方法を試す、考える時期が訪れたんだよ。

そう思えて仕方が無い。

今その方向性を示さないと、チャンスを逃すと、もう未来は
無い気がする。

もしも、安全なんて言葉、今更信じる訳も無いけど、それが
仮に確保されたとしても、核廃棄物はもうどうしようもない
所まで来ている事だけ、それだけでアウトなのだ。

試合終了なのだ…。

原発の終焉が、こういう形ではっきりともう見えている。

それが、今回の大地震だった。そして、そういう見方が
出来なければ、今後、本当の試合終了がやってくる。

日本、終了!という日がね…。