信じられない人にとっては、信じることはすごく難しいことだと思います。
信じられる人にとっては、信じることは何もしなくてもできるすごく簡単なことだと思います。
多くの人は、信じるとか信じないとか考えていないのだと思います。
信じることにこだわらないほうがいいと思います。「信じられない」と考えすぎないことです。
多少気になることがあっても「そのままでもいい」と思ってしまったほうがラクです。
信じられるか信じられないかは自分の気もちの問題ですが、
信じるか信じないか(信じようとするかしないか)は自分の意思の問題だと思います。
疑った結果、悪いことが何もなかったら、イヤな思いをした分だけ丸損です。
疑った結果、裏切られた場合には、それで納得できるのでしょうか?
もしかしたら、自分が疑い続けたことが裏切られた原因かもしれません。
信じた結果、何もなかったら、何も問題はありません。
疑わなかった分平穏に(幸せに)暮らせたと喜んでもよさそうです。
信じた結果、裏切られたら、それはそれでしかたがないのではないでしょうか。
裏切られても、自分は信じて裏切らなかったらいい、自分が裏切るよりもいいと私は思います。
『幸せになる方法』では、5つのうちの1つに「明日の幸せを信じて生きる
」ことを入れています。
『くよくよしない考え方』には次のように書きました。
自分の生き方に満足していない人は、生きることにくよくよしやすいと思います。
「自分の生き方はこれでいい」と思うことが大事だと思うのです。
今の自分の生き方は「それなりにいい」はずだと思うのです。
現実に則して時間をかけて自分なりの生き方をしてきているのではないでしょうか。
「自分の生き方はこれでいい」というのは、自分の思い込みでいいと思うのです。
同じように見えても生き方は人それぞれで違うのです。自分に合った生き方がいいのです。
自分の生き方を「これでいい」と言い切るのは難しいかもしれませんが、
「(今は)これでいい。この中でできるだけ愉しもう」と考えてみてはいかがでしょうか。
同じ生き方をするにしても、「自分の生き方はこれでいい」と思ったほうが、
イキイキと生きられると思うのですが。
信じるか信じないかは自由です。
大切にしたい相手なら、信じたほうがいいのではないでしょうか。
信じたいかどうか、という自分の心に従ってみるのもよさそうです。
自分の心に従う。
自分の心とは。
わからないのが本当にくやしい。
なんでやねん。







