おはようございます、土地です。


唐突ですが、

私は、まだまだお経も覚えれてなく

ちゃんと読めません。


ただそんな私でも

自信を持って言えるお念仏があります。

それは


「南無阿弥陀仏」です。


そんなん誰でも知ってるわー(笑)

誰でも言えるわー(笑)

ってなると思うんですが、

実は、私はこれさえ

悩んだ事があります。


「え?何を悩むの?」

ですよね(笑)


私が悩んだのは

⬇︎⬇︎です。


なむあみだぶつ?

なんまんだぶ?

なんまんだぶつ?

なまんだぶ?

なまんだぶつ?


みんな色々言ってるけど

何が本当なの?

正しいのはどれ?

正しい唱え方ってあるの?

正しい順番あるの?

って(笑)


仏教を知らない私からすると

些細なことが疑問になるんですよね(笑)


これは私が、

「ちゃんとしなあかん」「正解」

と言う「見かけ(外見)」に

囚われているからもあるかな。

薄っぺらいねぇ(笑)


だから聞きました。


「南無阿弥陀仏の正解はどれですか」って(笑)


いやあ、アホな質問やなって

自分でも思います(笑)


でも、その質問をお坊さんに

投げかけた時、私は真剣でした。


「ちゃんとしたい。仏様に失礼が無い様に」

と言う思いもありました。

「正解じゃないとダメだ恥ずかしい」

と言う思いもありました。


ガチガチに「囚われている」土地さんに

お坊さんは笑顔で答えて下さいました。


「全て正解です」と。


その答えを聞いて私は、また

「え?え?えー?ちゃうねん、ちゃうねん、

ちゃんとしたいねん、そんな優しさ要らんねん。

ちゃんとした正解を教えてやー」

と心の中で叫びました。

きっとそんな心の声が

顔に出ていたと思います。


するとお坊さんはつづけて仰いました。


「たとえば母親の呼び方ですが

お母さん、母さん、母ちゃん、

お母ちゃん、ママ、ハハ、お母様......

人によって呼び方が違いますよね。

だけど、それは全て

母親のことを指す言葉ですよね。

全部、間違いじゃないですよね。

それと同じで、阿弥陀様の事を

人それぞれ、どんな風に呼ぶか

それだけの違いなんです。

だから、全部正解。

好きな様に呼んだら良いんです」


と。


『ポン』と

私の中でかすかな音が鳴った瞬間でした。


でもでも、それは

囚われている土地さんですから、

またまた言い返します


「全部?正解。間違いじゃない......?

いや、阿弥陀様は母じゃないですよね。」

と、私は投げかけました。


するとお坊さんは揺るぎない笑顔で

答えて下さいました。


「はい。違います。

ただ、母と同じように、

阿弥陀様は大切な存在です。」


「呼び方が違うからと言って

大切な気持ちに変わりはありませんから」


たぶん、ここで「正解はこれ!」と

言われていたら、

私はその正解を「絶対」と信じて

受け入れていたかもしれません。

疑いもせずに。また囚われの中で。


でも、「全部正解」って言われたら

もう笑うしかありませんでした。

「ああ、そうなんや」って。

その笑いは嘲笑ではなく

「安心」の笑いです。

うまく言葉にはできませんが

お念仏の「正解」を探していた私が

「私は、ここにいていいんや」

「こんな私でも、このままでもいいんや」

「私は間違いじゃないんや」

と言う自分の存在に対する

「安心」を感じたんですよね(笑)


心の奥で鳴ったかすかな『ポン』は

私の囚われていた心に

仏教が頭をポンってしてくれた様な

そんな感じでしょうか(笑)


だから私は、自信を持って

「南無阿弥陀仏」と言えます。

そこには間違いがないから。


ちなみに私は、

母の事を「ママ」って呼んでます。


では、この辺で。

なんまんだぶ🙏